【カナダ・モントリオール発】日本スポーツ界に衝撃が走った。体操の世界選手権男子予選(2日=日本時間3日)で、日本のエース内村航平(28=リンガーハット)が2種目目の跳馬で着地の際に左足首を痛め、4種目目の鉄棒を棄権。個人総合7連覇はならなかった。ロンドン、リオデジャネイロと2度の五輪を含め8年連続で世界一に輝き、個人総合の連勝記録を「40」に伸ばしていた体操界のキングを襲ったまさかのアクシデント。日本体操界悲願の“あの問題”の行方は…。

 ショッキングな光景だった。内村が2種目目の跳馬で高難度の「リ・シャオペン」(ロンダートからひねり前転跳び前方伸身宙返り2回半ひねり)で着地すると、苦悶の表情で左足首を押さえフロアに座り込んだ。なんとか3種目目の平行棒はこなしたものの、4種目目以降を続けることはできなかった。

「左足の前距腓(ぜんきょひ)靱帯不全断裂で全治2~3週間」と診断された内村について日本体操協会の水鳥寿思男子強化本部長(37)は「リ・シャオペンは一番気になっていた。(着地で)左足に体重が乗りすぎて、かなり大きな負荷がかかった」と説明。昨夏のリオ五輪で個人総合2連覇を達成後、日本体操界初のプロに転向した。体調が万全ではないなか、4月の全日本選手権で10連覇、5月のNHK杯で9連覇を達成。国内外の個人総合で連勝記録を「40」にまで伸ばしていたが今回の棄権でそれも途絶えた。

 大会前には、調子が上向かず弱気な発言を繰り返した。アクシデントとはいえ、キングの不安が的中してしまった形だが一方、体操界ではある切実な声が上がっていた。「内村選手の国民栄誉賞受賞をどうにか実現できないものか」。9月に行われた日本体操協会の理事会で参加理事がこう切り出したのだ。

 確かに前人未到の記録を打ち立ててきた内村は人気も高く、五輪のたびに国民に感動を与えてきた。その反響は近年五輪選手で同賞を受賞した女子マラソンの高橋尚子さん(45)、女子レスリングの吉田沙保里(34=至学館大職)、伊調馨(33=ALSOK)に引けを取ることはなく、体操界以外からも「内村にも」という声は多かった。

 塚原光男副会長(69)も理事会後「国民栄誉賞はお願いしてどうなるものではなく、世間の機運が大切なようです。まだ、体操自体がそういう存在でないということ。これからも盛り上げていきたい」と誓っていた。今回7連覇を達成すれば、その機運上昇の大チャンス。それだけに日本体操界にとっても悔やまれるアクシデントとなった。

 ただ過去の受賞者を見ても、連覇だけが同賞の授与理由ではない。国民栄誉賞の目的について、内閣府は「この表彰は、広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった者について、その栄誉をたたえること」としている。

 2020年東京五輪を目指す内村は今後、今回のケガで体への負担が大きい個人総合ではなく、種目別を選択する可能性もあるが「(個人総合と)違う形で東京五輪までやってもいいかもと思ったけど、それは逃げているんじゃないかと思う部分もある」と明かし、オールラウンダーへの思い入れはある。
 ただ、どちらを選択するにせよ、突然の悲劇から再起して頂点に立とうとする姿勢を貫けば、国民に支持されることは間違いない。そこで「今度こそ国民栄誉賞」と評価される可能性はあるだろう。

 内村自身も「ケガをするということはまだ下手ということ。下手だから伸びしろはある。しっかり直して這い上がってやろうと思う。次に試合に出るときには、今日よりも強い状態で出られたらいい」と前向きな姿勢だ。

 幸いにも骨に異常はなく、手術の必要もない。記録はリセットされて東京五輪への道も仕切り直しとなるが、“災い転じて福となす”かはキングの奮起次第だ。