【体操】村上茉愛が引退会見 忘れられないシーンは“惨敗”の試合「あれがあって今がある」

2021年11月08日 18時55分

花束を受け取り、笑顔の村上茉愛(東スポWeb)
花束を受け取り、笑顔の村上茉愛(東スポWeb)

 長らく体操女子のエースとして活躍し、現役を退く意向を示していた村上茉愛(25=日体クラブ)が8日、日体大の横浜・健志台キャンパスで引退会見を行った。

 黒のパンツスーツで会見場に現れた村上は、冒頭で「改めて感謝の気持ちを言葉にして伝えたかったので、このような場を作っていただきました」と話し、20年以上の体操人生を振り返った。

 母・英子さんに勧められて3歳で体操を始めた。バルセロナ五輪銀メダル池谷幸雄氏の体操教室に入門し、小学6年生で「床」のH難度・シリバス(後方抱え込み2回宙返り2回ひねり)を成功。華麗にはずむ姿から〝ゴムまり娘〟の異名がついた。

 2016年リオ五輪に出場、17年の世界選手権(カナダ・モントリオール)の「床」で金メダルを獲得。夢舞台の東京五輪の「床」では銅メダル、集大成として臨んだ先月の体操・世界選手権(北九州市立総合体育館)で有終の〝金〟という輝かしい実績を残しながら、最も印象的なシーンには日体大入学後の2015年全日本選手権の「惨敗」の試合を挙げた。

「床で最後に座って終わった。自分の弱さは入学する前から分かっていた。気分だけで体操をしていた。あまり言ってくれる人がいなくて、甘やかされてきた。お客さんがいて、大きな大会の全日本で恥ずかしいことをしてしまって」

 大会後、瀬尾京子監督に言われた「考え方を改めなさい」という言葉が胸に突き刺さった。その瞬間から自分を変えることができたという。会見で村上は終始なごやかな表情だったが「長い時間をかけて言葉の意味を理解することができたんですけど、あの言葉がなければ今はなかった」と言ったところで言葉を詰まらせた。変身のキッカケを与えた自身のふがいない試合について「あれがあったから強くなれた。いい演技ではないですけど(その後に)すごく強い意志を持ち、アスリートとして自覚を持つことができる演技だった」としみじみと振り返った。

 今後は日体大コーチとして後進の指導に当たる。第2の人生でも携わる体操について「自分に夢を与えてくれた競技」と感謝の気持ちを表した。

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