体操男子個人総合で五輪2連覇の内村航平(31=リンガーハット)が、22日の全日本シニア選手権(群馬・高崎アリーナ)でホロ苦い再スタートを切った。オールラウンダーからスペシャリストに生まれ変わり、約1年ぶりの試合で種目別・鉄棒6位。果たして来年夏の東京五輪出場は大丈夫なのか? 内村の演技を会場で見守った採点のスペシャリストを直撃。五輪3大会連続金メダルの可能性を探るとともに、審判目線でキングを大解剖した。

 個人総合で争われる今大会は男子6種目、女子4種目に出場するオールラウンダーたちが中心。しかし会場の視線を独占したのは、やはり鉄棒の1種目だけに出場する内村だった。

 今年2月、長年こだわってきた個人総合を諦め、鉄棒に専念する決断を下した。絶対王者が1種目に絞ったらどんな演技を見せるのか。そんな未知数の期待が膨らんだが、挑戦中のH難度の離れ技「ブレトシュナイダー(後方抱え込み2回宙返り2回ひねり)」はバーをつかんだものの、次の車輪につなげられず。続くカッシーナ、コールマンは成功させ、着地もピタッと止めてフィニッシュしたが、得点は14・200点の6位。試合後は「悔しい気持ち8割」と辛口評価を下した。

 東京五輪は個人枠で最大2人が出場できる。鉄棒で最大のライバルとなる宮地秀享(25=茗渓ク)は15・366点をマークして優勝。内村は五輪3大会連続金メダルへ向け、まずは国内代表争いで宮地を超えることが条件となる。

 では宮地との得点差、1・166をどう見るか。審判本部席から演技を見ていた日本体操協会の高橋孝徳男子審判本部長(51)を直撃すると「ブレトシュナイダーはバーに近づいたことで腕が曲がって減点。その後は車輪につなげられず0・5点、ダブルスイングでも0・5点。あの辺一帯で合計1・5~1・6点ほど引かれたと思う」と分析。つまり大技を決めていれば15点台はもちろん、優勝の可能性も十分あったということだ。

 さらにミスしたブレトシュナイダー以降の演技では、素人には決して分からない〝審判目線〟でのすごみがあったと証言する。「コールマンで体をパッと伸ばすところ。鉄棒から距離を離し、ちょうどいいポジションで鉄棒をつかむ。そうやって余裕を感じさせ、見ている側を魅了する動きが彼にはできるんですよ」

 物理的な角度、技の正確さとは別に、審判の心をくすぐり、思わず得点をつけたくなるようなテクニック。高橋氏によると「実は、選手がいいと思う見せ方と、審判が評価するものは実際にズレがある」とした上で、ズレが大きい選手ほど「なんで点が出ないのか」と不満を漏らすという。だが、内村は違う。「選手と審判の両方の視点をしっかり分かっていて何が人を魅了し、どうしたら喜ぶかってことを彼は研究していると思います」

 来年の東京五輪ではAI(人工知能)による採点支援システムが導入される。選手には「正確でいいけど演技に面白みがない」、その反対で「味わい深い体操だけど正確性が足りない」など様々なタイプがいるが、高橋氏は「正確さがあった上で人を感動させる表現ができるのが内村選手」と舌を巻く。

 採点のプロも一目置く絶対王者。その片鱗を今大会も見せたのであれば、五輪3大会連続金メダルは決して遠くない。