【体操】村上茉愛 自粛中にサッカー、ダンス…でもやっぱり「ぶら下がりたい!」

2020年07月15日 16時00分

村上は元気いっぱいでポーズを取った

【どうなる?東京五輪パラリンピック(80)】金色の笑顔が戻ってきた。体操界のアイドル・村上茉愛(23=日体クラブ)が本紙のインタビューに応じ、史上初めて延期となった来年夏の東京五輪への思いを改めて激白した。昨年はケガの影響で世界選手権の代表から漏れ、どん底を味わった。今年に入って復活の兆しが見えたが、新型コロナウイルス禍による未曽有の事態に。体操人生の集大成と位置付ける祭典を前に苦難が続くが、本人は驚くほど元気いっぱいだ。コロナ禍で何を考え、どう乗り越えたのだろうか――。

 ――本来なら今ごろ五輪ムードだった

 村上 そうですね。気持ちはだいぶ前向きになりましたが、あぁ~今年だったらな…と願ってしまう部分はあります。自粛中はかなり気持ちが落ちていました。ケガで休んだ時と違って、いつどうなるか分からない。自分が頑張ればいいって問題でもないので。

 ――どうやって気持ちを立て直したのか

 村上 特にきっかけはなく、自然と…ですかね。延期が決まってまる3か月、ずっと実家(東京・小平市)にいましたが、母に感情をメチャメチャ吐き出しました(笑い)。相談というより、聞いてもらえればOKって感じ。あと、私は感情を体操にぶつけるタイプなので、練習が(6月29日に)再開してからはもう全部忘れました。「今、メチャメチャ元気です!」って書いてください(笑い)。

 ――自粛中はウズウズしたのでは

 村上 はい、かなり。最初は腹筋や背筋のトレーニング、動画を見ながらダンスをしたり。あと気分を晴らすためにサッカーボールを買ってリフティングに挑戦し、バドミントンもやりました。でも、やっぱり体操がしたくなる。自粛の2か月目には「ぶら下がりたい!」っていう衝動に(笑い)。でも公園の鉄棒はしならないし、地面が砂利で危ないし…。

 ――それで、どうした

 村上 リビングに布団を敷き、宙返りしました(笑い)。一度だけですけどね。そしたら「ドーン!」って音が鳴って大変だったので、もうやめました。実家の1階は美容院なんですよ。だから大きな音が出せない。ダンスだけでも響くので、さすがに家で床運動はできませんでした。でも、長いようであっという間の3か月。意外と楽しかったですよ。

 ――腰のケガの具合は

 村上 痛みは全くないです。体をゆっくり休められたのは本当に良かった。ずっとやっていると精神的にも体的にもきついので、落とすタイミングとして、いい期間でしたね。あと、自粛中は母にいつも髪を切ってもらいました。もう夏だし、暑くなってきたので、さらに短くしちゃいました。練習が始まると邪魔になりますから。

 ――一瞬たりとも引退は考えなかったか

 村上 はい、よぎらなかったです。中止ではなく、延期ですから。私はまだ体操がしたいし、今は練習できる環境がすごく幸せ。心残りがある時点で、引退なんて考えたり口にするべきじゃないと思います。ホントに引退するときは、パッとやめると思うんですよ。

 ――東京五輪が集大成という気持ちに変化は

 村上 変わっていません。もともと私は大学4年間で体操を終わりにすると決めていました。それでも続けているのは東京で開催するから。みんな同じだと思いますが、東京だからこだわっているし、覚悟を持っている。日付が1年延びただけで、今の時点では五輪はちゃんと先にあるので。ただ、世の中への考え方は少し変わりましたね。

 ――どういうふうに
 村上 今はメダルを取るとか、そういうことより世の中の幸せを願ったほうがいいのかなと思って。だって世の中が良くなっていかないと、そもそも私たちが力を発揮できる場所もない。いろんな支えがあって、応援をいただいて、初めて体操ができているわけですから。そんなことが今、問われている気がします。


☆むらかみ・まい 1996年8月5日生まれ。神奈川県出身。4歳から体操を始め、小学6年で床運動のH難度のシリバス(後方抱え込み2回宙返り2回ひねり)を成功させる。2015年に日体大に進学。16年リオ五輪で団体4位、個人総合14位、種目別床運動で7位。17年世界選手権は種目別の床運動で金メダル。18年春の全日本選手権で3連覇を達成し、同年秋の世界選手権で個人総合銀メダル。ゆかで華麗にはずむ姿から愛称は「ゴムまり娘」。148センチ。