2014年「メモリアル・トーナメント」松山の米ツアー初Vは必然だった 元専属キャディー・新藤大典氏が明かす3つの真相

2020年06月08日 16時40分

松山英樹(ロイター=USA TODAY Sports)

【東スポ60周年記念企画フラッシュバック(6)】2014年6月1日、日本ゴルフ界に新たな歴史が刻まれた。米男子ツアー「メモリアル・トーナメント」で松山英樹(28=LEXUS)がプレーオフの末に米ツアー初優勝。日本ナンバーワンゴルファーとして「偉大な一歩」をしるしたが、この勝利は“必然”ともいえる流れの中で生まれたものだったという。これはどういうことなのか? 創刊60周年を迎えた本紙連載「フラッシュバック」では、一昨年まで専属キャディーを務めた進藤大典氏(39)がその真相を明かしてくれた。

 この週、試合会場のミュアフィールド・ビレッジに乗り込んだ時点で松山と進藤氏は「今週は優勝争いする」との共通認識を持っていた。その理由は「米本土で初めて、知ってるコースに来たからでした」(進藤氏)。

 前年に松山は同コースで開催された「プレジデンツ・カップ」に世界選抜の一員として出場していた。米ツアーのルーキーシーズンは初体験のコースばかり。4月のメジャー「マスターズ」は手首の状態が思わしくなく、予選落ち。苦戦が続いていたが、その「マスターズ」とハワイでの「ソニー・オープン」以外では初めて過去の経験を生かせるコースに来たことで、何かが変わる予感があった。

 首位のバッバ・ワトソン(米国)を2打差で追いかけてスタートした最終日は、進藤氏が「世界一のナイスガイ」と評するアダム・スコット(オーストラリア)とのペアリングになったのも幸運だった。前年の「プレジデンツ・カップ」では4マッチでペアを組み、前週の「クラウンプラザ招待」でも最終日最終組でラウンド。「米ツアーのV争いがこういうものだ、と経験できたのが大きかった」という。

 その「クラウンプラザ招待」はスコットが優勝。そして2週連続で最終日最終組になり「2人のどちらかが優勝しよう、といい雰囲気で回ることができました。飛距離も同じぐらいなので番手選びも参考になる。他の人だと違い過ぎて参考にならないこともありますから」(進藤氏)。

 さらにスコットのキャディー、スティーブ・ウィリアムス氏の存在も大きかった。「メモリアル」開幕2日前、進藤氏は初めて一緒に食事に出かけ、かつてはタイガー・ウッズ(米国)のメジャー13勝を支えた同氏から、勝つための秘訣などを聞いた。

 最終日に松山が16番パー3でティーショットを池に落としてダブルボギーを叩いた際も「今のショットは少し左に行っただけ。マネジメントは悪くない。もう少し右ならバーディーチャンスだった」とウィリアムス氏から声をかけられ、プレーオフに向かう前にも「勝てるぞ」と励まされた。

「当時は僕も英樹も米ツアーでは未勝利。それが何十勝もの経験がある人から『勝てる』と言われれば自信になりますし、その自信が選手に与えるプラスの影響というものはあると思います」

 その進藤氏もダボの瞬間はさすがに「終わった、と思った」と当時の心境を打ち明ける。それが言動に表れていたら、結果は違ったものになっていたかもしれない。

 この落ち着きは、大会を象徴する場面でも生かされた。

 正規のラウンドの18番。松山はティーショットが右に行った悔しさのあまり、ドライバーを集音マイクに叩きつけ、シャフトが折れるハプニングに見舞われた。だが、まさかの事態にも進藤氏は落ち着いていた。

「何してんだ?と思ったけど、意外と冷静で。英樹も『やっちゃった』という感じだったし、僕も『米ツアーで、ドライバーなしでプレーオフに勝ったら伝説に残る』と思っていました」

 すでにホールアウトしている首位のケビン・ナ(米国)とは1打差。まず考えることはバーディーを取ってプレーオフに持ち込むこと。さらに「ケビン・ナのドライバーと英樹の3Wでは飛距離は変わらない」(進藤氏)ため、大きく不利にはならないとの判断もあった。

 ボールは木に当たってフェアウエーに戻ってきていた。残り170ヤード弱を7番アイアンで打った2打目は「英樹の、歴代ベスト3に入るショット」で2メートルに乗せ、バーディーを奪う。

 そしてプレーオフ。ティーショットを先に打ってプレッシャーをかけたいところで、抽選で「先」を引く。松山は右のバンカーへ入れたものの、これを見て右を嫌がったナは、ドライバーを引っかけて左のクリークに落とした。

 だが松山も前方の枝が邪魔で、アゴも近い状況からの2打目をグリーン左に外す。左足下がりの深いラフからの難しいアプローチは3メートルにオン。次のパットを決めれば優勝、の状況で松山は進藤氏に「どれぐらい切れますか?」と聞いてきた。

 結構切れる(曲がる)ように見えるライン。実はここでもスコットの“援軍”があった。

「正規のラウンドの18番でアダムがほぼ同じ距離とラインからパットしてたのを、プレーオフになったら参考になると思って見ていたんです。『アダムはさっき同じラインで、切れなかった』と言うと英樹も『わかりました』と」

 曲がりを少なめに読んだパットは、ど真ん中からボールがカップに吸い込まれる。勝ちたいと思って臨み、流れも来ていた試合で全てが結実した瞬間だった。

【今だから話せるウラ話】正規の72ホール目でドライバーが折れてしまったためにプレーオフは13本しかクラブがない状況で戦ったのはご存じでしょうが、実は初日のスタート時もバッグには13本しか入っていなかったんです。

 この時なかったのは、パター。練習では7~8本を試していたためにバッグに入り切らず、抜いていたのをホテルに置いてきてしまったんです。

 パターがないことに気づいたのはスタート40分前。慌てて関係者に取りに行ってもらい、英樹はSWで2~3球転がしただけでスタートして、届いたのは1番ホールのティーショットを打ってから。

 キャディー人生で一番焦った出来事ですが、初勝利の試合の最初と最後は13本で戦っていたことになりますね。

 ☆しんどう・だいすけ 1980年7月3日生まれ、京都府出身。明徳義塾中、高校から東北福祉大に進学。同大在学中に同学年だった宮里優作に誘われてキャディーを始める。2003年の米ツアー「ソニー・オープン」で優作がプロデビューしたのとともに自身もプロキャディーとしての活動を始めた。その後、谷原秀人や片山晋呉の専属になり、13~18年までは松山の専属キャディーを務める。今年1~3月には本紙でコースマネジメントのレッスン「考えるゴルフ」を連載。好評を博した。