「前人未到」の領域とは――。フィギュアスケートの五輪2連覇・羽生結弦(27=ANA)が全日本選手権(さいたまスーパーアリーナ)のフリー(26日)でクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)に挑戦する。成功すれば人類初の快挙となるが、そもそも超高速で回転する大技を人間の肉眼で判定できるのか? 今回のチャレンジが採点方法の見直しに発展する可能性もある中、専門家の見解を聞いた。

 羽生は23日の公式練習で複数回にわたって4回転半にチャレンジし、最後のジャンプはほぼ右足一本で着氷。練習後は「形としては4A(4回転半)になっている。みなさんが僕にしかできないと言ってくださるのであれば僕の使命」と手応えを口にした。また、公の場で初めて北京五輪を目指す意向を表明。世界最高峰の舞台で大技を出す可能性も出てきた。

 とはいえ、審判にとっても4回転半は未知の領域だ。かねて「肉眼の限界」は議論となっており、ジャンプの進化を続けるフィギュア界でも人工知能(AI)の導入の機運が高まっている。空中の回転数はプロの審判なら当然判定できるが、問題は着氷時だ。国際スケート連盟(ISU)が定める現行ルールでは4分の1回転不足の場合はクオーターを表す「q」マークが採点表に記載され、基礎点は100%で出来映え点(GOE)が減点。4分の1を超えて2分の1未満の場合は基礎点は80%、GOEも減点となる。ジャスト4分の1か、少し超過したか…。このわずかな差をスケート靴のブレード(刃)の角度などで判断しなければならない。

 元国際審判員の杉田秀男氏は「回転数が多くなれば当然、ジャッジする側も分かりづらくなる。昔、伊藤みどりさんが初めて3回転半を跳んだ時も採点ミスがありました」と指摘。やはり、ジャンプが高難度化すれば肉眼のジャッジも難しくなる。その上で杉田氏は「技術的な正確さはAIの方が優れている。一部で機械に頼るのは賛成」との見解を示した。

 一方、全日本選手権4連覇で審判資格を持つ小川勝氏は「着氷だけでなく踏み切りも判断基準にしてほしい。羽生選手の力みのないスムーズな跳躍、ジャンプの前後のスピードが変わらない技術の習得がどれだけ大変か。そこがしっかり点数として評価されるならOK」と条件付きでAI採点を支持した。

 すでに体操界ではAIによる採点支援システムを導入。開発に携わった富士通のプロジェクトのリーダー・藤原英則氏は「審判が見るべき膨大な情報を、機械的に判断するものと人間の感性にゆだねるものに分ける。そこが非常に大事」と力説し、採点競技の未来をこう見据える。

「人間だからミスは仕方ない。でも、その中で審判は『絶対に信じられる存在』であり続けないといけない。審判のジャスティスがブレれば、努力してきた選手のよりどころがなくなる。それを時代の流れの中でアシストをするのがテクノロシーの力。ひいてはスポーツ界の発展につながると思っています」 

 羽生の4回転半への挑戦は競技の進化という意味でも大きな一歩。演技の枠を超え、フィギュア界の未来を背負って羽生は跳ぶ。