【取材の裏側 現場ノート】原稿を書く際、安易に「天才」という言葉を使いたくない。野球界で言えばイチロー氏、サッカーでは本田圭佑、競馬なら武豊が天才と称されるが、彼らは想像を超える苦労を重ね、血のにじむような努力をしてきた。それを「天から授かった…」と一言で片づけることに抵抗あるからだ。

 しかし、フィギュアスケートの高橋大輔(35=関大KFSC)だけは、迷わず「天才」のワードを使ってしまう。言うまでもなく世界選手権V、全日本選手権5Vなどの実績は人一倍の努力と練習によるものだが、それだけでは説明しきれない〝何か〟を感じるのだ。

 2019年秋、シングルから突如、アイスダンス転向を発表。20年11月のNHK杯でパートナー・村元哉中(関大KFSC)と〝かなだい〟カップルを結成して実戦デビューを果たした。同大会では3組中3位の最下位、同12月の全日本選手権では5組中2位ながら優勝した小松原美里&尊(ともに倉敷FSC)組に大きく水をあけられた。しかし約1年が経過し、今季初戦の競技会(9月、米フロリダ)の映像を見て衝撃を受けた。国際スケート連盟非公認のため一概に比較できないが、全日本選手権(151・86点)から60点以上も上乗せして合計214・44点で優勝したのだ。

 記者はアイスダンス全日本4連覇(2003~06年)の渡辺心さんに動画を見せ、感想を聞いた。すると「すごく頑張って練習してきたと思います。点数を出していけるでしょう」と進化を確信。実際、フリーダンス「ラ・バヤデール」では演技中の2人の距離は明らかに縮まり、曲調が変化した場面でのステップやツイズル(多回転ターン)も息がピッタリ。たった1年の急成長を目の当たりにし、今年1月にインタビューした時の高橋の言葉を思い出した。

 氷上での感覚と表現について、高橋は「自分を出し過ぎると、全て同じ『僕』になってしまう。振付師さんにつくってもらった世界観に乗っかり、自分は周りからどう感じられているかを考え、それを出す」とのポリシーを口にした。つまり、彼の決定的な才能は「いかに真っ白になれるか?」ということだ。キャンパスを〝自分色〟に染めるのではなく、むしろ自身は受け身に徹し、あらゆる役になりきる。今回で言えば、振付師のマリーナ・ズエワ氏が思い描く世界を感覚的に取り入れ、主人公のソロルを体に憑依させてアウトプットしているのだ。

 役者の世界でも自分の型にはめ、何を演じても「オレ」が出る俳優もいる。しかし、高橋はいつ何時、誰の色にも染まれる天才的な表現者。冒頭で「天才」の使用を否定しておいて恐縮だが、次戦のグランプリシリーズNHK杯(11月12~14日、東京)では例外的な乱用をご容赦願いたい。

(五輪担当・江川佳孝)