【バスケ】鳥海連志 リオ五輪で味わった絶望をバネにバスケ漬けの日々

2021年02月23日 11時00分

鳥海はバスケ漬けの日々

【Restart パラヒーローズ その壁を乗り越えろ(26)】パラリンピックの花形競技と言われる車いすバスケットボール。鳥海連志(22=WOWOW)は、有望株として注目を集めている。前回大会の悔しさをバネに、ひと皮むけた若武者の覚悟とは――。

「幼少期に体をよく動かしていたことで、身体能力も向上したんじゃないかな」。手や脚に先天性の障がいを抱え、3歳で両ヒザ下を切断したが、毎日のように外で遊び回る活発な少年だった。

 中学入学後は友人に誘われて、テニス部に所属。ところが「テニスコートの横が体育館で女バス(女子バスケ部)の指導者が車いすバスケの審判をしていたので、その方から『車いすバスケをやってみないか』って誘いを受けた」。バスケ一家で育ったこともあって導かれるように新たな世界へ飛び込んだ。

 地元のクラブチームに入団すると「(競技用の)車いすに乗ったときに、できないのは当たり前だが、悔しいっていうか、障がいを持っている多くの選手が速く走ったり、遠くからシュートを打っている中で、できていない自分が悔しくて練習をした」。持ち前の負けず嫌いぶりを発揮し、みるみる腕を上げた。高校1年で日本代表に初選出されると、2016年リオデジャネイロ大会には17歳で出場を果たした。

 しかし、チームは9位。自身も目立った活躍ができず「そのとき僕なりにバスケにのめり込んで、打ち込んだ生活を送ったのに、なんでこんなに結果が出ないんだっていうことへの絶望があった」と一時は車いすバスケから離れることも考えた。それでも周囲の後押しもあり、車いすバスケの強豪・パラ神奈川SCでのプレーを決断。上京後は「長崎にいるときよりもバスケにのめり込んだ生活を送っている」。コート内はもちろん、コート外でもメンタルトレーニング等に励み、日本代表の主力に成長した。

 ただ、満足はしておらず「具体的な目標はメダルを獲得すること。今後の選手生命を考えたときにも、東京大会で目立っていくことが何よりも大事かなと思っている」と目を輝かせる。

「障がいを持っている方や子供がパラスポーツを始めてくれるみたいなことが起こったらいいな」。大一番まで約6か月。夢を現実に変えるべく、道なき道を突き進む。

 ☆ちょうかい・れんし 1999年2月2日生まれ。長崎出身。手や脚に先天性の障がいがあり、3歳で両ヒザ下を切断したが、外で遊ぶことが大好きな少年だった。中学1年で車いすバスケを始めると、高校1年で日本代表入りを果たす。高校3年時には、チーム最年少の17歳で2016年リオデジャネイロ大会に出場した。17年U―23世界選手権では、ベスト5(優秀選手)に選出。高校卒業後は、車いすバスケの強豪・パラ神奈川SCでプレーしている。

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