恐れ多い神様の背中 高校、大学生に“敬遠”される理由とは

2020年06月01日 16時40分

マイケル・ジョーダン氏(ロイター)

【KJ松井のCatch&Shoot(19)】元NBAスーパースターのマイケル・ジョーダン氏(57)がシカゴ・ブルズで最後に優勝した1997~98年シーズンを追ったドキュメンタリー番組「マイケル・ジョーダン‥ラストダンス」は、世界中で約600万人が視聴し反響を呼んだ。引退して20年近くたっても“神様”は絶大な人気を誇るが、その背番号「23」も米国では特別なもの。自身もジョーダンと対戦経験のある本紙バスケット評論のBリーグ・京都ハンナリーズ松井啓十郎(34)が解説する。

 僕がジョーダンと1対1をしたのは、小5だった1996年のナイキのイベントでした。僕は(ジョーダンの)出身校ノースカロライナ大のユニホームを着ていたので、喜んでもらえたんじゃないですかね。「Best Wishes」のメッセージを書き添えてもらったサインは今でも宝物です。

 背番号23はバスケットボールでのエースナンバーですが、ジョーダン以前はラリー・バード(元セルティックス)やカリーム・アブドゥル・ジャバー(元レイカーズなど)の33番でした。ジョーダンは「45をつけていた兄の半分より少しでもうまくなりたい」と半分の22・5より大きい23にしました。これはご存じの方も多いでしょう。

 この数字は“偉大”になりすぎて、高校や大学では恐れ多くてつける選手がいないほどです。日本の部活では上級生が4から若い番号をつけることが多いでしょうか。米国では0~5までを使った1桁か2桁の好きな数字を選びます。6~9は審判が選手の番号をオフィシャルに知らせる時に片手で示せないので使えず、一番大きな番号は55となります。23番は誰でも使うことができますが、ちょっとうまいぐらいのレベルでは「23のくせに」と言われてしまいます。

 僕の高校(米モントローズ高)時代の対戦相手で23をつけていたのは当時全米の高校ナンバーワンと言われていて、現クリッパーズのルー・ウィリアムズぐらい。そういう選手がつける番号なんです。ちなみに僕の高校での背番号は23。これは選べるのが41と2つしかなくて、どうせなら…と23にしました。モントローズ高も、全米高校ランキングでトップ15に入る強豪だったんですよ。

 背番号は恐れ多くて使えなくてもしぐさなどは多くの選手がまねしました。ジョーダンはスキンヘッドですが、これは若いうちに髪が薄くなってしまって剃ったため。その後は多くの黒人選手が同じようにしましたし、リストバンドを左のヒジの辺りにすることもジョーダンがやると「ファッション」として流行してしまうんですね。引退後も毎年「エア・ジョーダン」シューズの新作が大ヒットし、ゴルフやサッカーなど他の種目にもブランド展開する人は他にいないですよね。

 相手が「こうくるだろう」とわかっていても止められないプレーは芸術的と言えるものでした。バスケットにとどまらず、すべてのスポーツの中で「史上最高のアスリート」だと僕個人としては思っています。

 ☆まつい・けいじゅうろう 1985年10月16日生まれ。東京都出身。バルセロナ五輪の「ドリームチーム」を見た父親の勧めで小学1年からバスケットを始め、イベントでマイケル・ジョーダンと1対1で対戦したことがある。高校から米国に渡り、コロンビア大学では日本人男子で初めてNCAA1部でプレー。卒業後は帰国し、今季から京都に加入。ニックネームの「KJ」は、米国で「けいじゅうろう」を覚えてもらいにくいために使い始めた。188センチ、83キロ。