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プロ野球史上唯一の両投げ登録 “二投流”に挑戦した男


現在はゴルフのレッスンプロとして活躍している近田さん(多重露光で撮影)

【気になるアノ人を追跡調査!野球探偵の備忘録(30)】近年、マリナーズのパット・ベンディットをはじめ、注目が高まりつつある両投げ投手。左右両方の腕で本格的な投球ができる投手は極めてまれだが、かつてプロ野球の舞台で唯一「両投げ」登録された投手がいた。1987年ドラフト外で南海ホークスに入団、88年には公式戦のマウンドも踏んだ近田豊年(50)が、夢の“二投流”プロとして歩んだ半生の裏側を語った。

 

「物心ついたときから両投げでしたね。小学校の作文で『両投げのプロ1号になりたい』って書いてるんですよ。一応、夢がかなったことになるんですかね」

 

 高知県・沖の島に生まれた近田は、テレビで見るプロの試合と「巨人の星」の星飛雄馬に憧れてボールを手にした。ただ、全校生徒11人の離島の学校ではまともな練習ができるはずもなく、ほとんどの時間はキャッチボールをして過ごす。単調なボール遊びに飽き、ある日、利き手の左ではなく、右手で投げてみようと思い立った。

 

「男子が6人の中学校でしたから、指導する人もいないし、本当に自由に野球をしていた。今思えば、あの環境で野球をやっていたからこそ生まれた発想ですね。むしろ『何でプロは片手でしか投げないんだろう』と不思議に思っていたくらい」

 

 島の自然に囲まれてのびのびと育った近田だが、その身体能力は目を見張るものがあったという。100メートル走は10秒8、左で投げればホームベースからバックスクリーンへ届く推定140メートルの強肩。中学卒業後は名門・明徳高(1984年4月に明徳義塾に校名改称)に進学を決め、夢に見た野球ができる日に胸を躍らせたが、憧れの野球は近田の思い描いたものとは違っていた。

 

「そりゃもう叩かれましたね。『左利きなんだから左で投げろ! ふざけるな!』と何度監督に怒鳴られたことか。それでも、いつもグラブは2個持ち込んでました(笑い)」

 

 指導者の目を盗んでは練習を続けたが、試合では本来の利き腕である左腕としての登録。

 

再び右腕で投げるきっかけを得たのは、22歳で受験した南海のプロテストだ。

 

「左で投げて、一発で合格。じゃあ帰ろうかというときに、ふと『そういえば、僕、右でも投げられるんですよ』と。そうしたら『どれ、ちょっとやってみろ』と言われて。本当にただの気まぐれだったんです」

 

 プロ野球史上初の両投げ投手の誕生に、マスコミは大いに沸いた。当時の球速は左が140キロ、右が125キロ。球速の差を生かし、メーンは左、右は「今で言うチェンジアップのような感覚」で投げていたという。投球だけでなく、けん制、フィールディングなど練習量は単純に2倍。それでも両投げをあきらめなかった近田に、公式戦登板の機会が巡ってくる。

 

「それどころではなかった、というのが正直なところ。なんで投げなかったのかとは聞かれますが、身近なコーチからの風当たりはまだまだ強かった。球団の宣伝のような意味もあったんでしょう」

 

 結局、ただ一度の公式戦登板で両投げを披露することはなく、近田はプロの舞台を去る。その後、2006年、08年と2度、メジャーのトライアウトを受験するも、結果は不合格。30年余り、両投げを続けた近田の挑戦は終わった。

 

 現在はゴルフのレッスンプロとして、140人近くの生徒を抱える。ゴルフももちろん、両打ちだ。

 

「左右の筋肉を均等に鍛えたことで、どこの筋肉をどう動かすかというのが頭で理解できるようになった。右利きでも左利きでも同じように教えられるし、人に教えるという意味では大きくプラスになりましたね。今の仕事にもつながっています」

 

 プロ野球史上唯一の“二投流”に挑戦し続けた近田は、若い世代にこんな言葉を贈る。

 

「大人はいろんなことを否定してしまうが、自分の考えをやり通してほしい。ベンディットも大谷くんも、常識や固定観念にとらわれない人間ですから」

 

 まだまだ希少なスイッチピッチャーが今後当たり前になる日も…訪れないとは言い切れない。

 

 ☆ちかだ・とよとし 1965年12月11日生まれ、高知県宿毛市沖の島出身。明徳高(現・明徳義塾)では3年春に甲子園出場。卒業後、社会人の本田技研鈴鹿に就職、左腕として試合に出場する一方、右で打撃投手を務める。87年、ドラフト外で南海ホークスに入団。88年4月14日、ロッテ戦に左腕として登板し、1回1安打1四球1失点(自責1)。90年オフに阪神に移籍し91年に現役引退。引退後はゴルフのレッスンプロをする傍ら、14年まで関西電力のコーチを務める。176センチ、75キロ。両投げ左打ち。

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