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那覇高野球部 超個性派チーム誕生秘話


左から長嶺勇也、比嘉忠志、金城佳晃

【気になるあの人を追跡調査!野球探偵の備忘録(11)】2000年夏、何とも奇抜なプレースタイルの高校が甲子園を沸かせた。左投げ捕手の長嶺勇也、左投げ三塁手の金城佳晃、そして「ダンゴムシ打法」とも呼ばれた代打の切り札・比嘉忠志…。常識にとらわれない自由闊達な野球で多くの高校野球ファンの心をつかんだ、沖縄県代表・那覇高校野球部の誕生秘話に迫った。

 

「最初はファーストミットでやってました。当時すでに左打者も多かったので投げづらさはなかったけど、道具がなくて。甲子園までは右用のプロテクターを着けてたので、投げるほうの肩にパッドが入ってるのは困りましたね」(長嶺)

 投手として入部するも肩を痛め外野手に転向。しかし正捕手のリードに納得がいかず、小学校時代に捕手経験のあった長嶺は池村英樹監督に捕手転向を直訴した。毎年秋に行われる1年生大会で念願の捕手デビュー。県ベスト4に残り、正捕手の座を手にする。その1年生大会でケガ人が相次ぎ、補欠から三塁守備に就いたのが金城だった。

 

「監督から『何でもいいから好きなポジションやってみろ』と言われて、中学時代にすばしっこいからという理由で、ちょっとやってたこともあったので。サードじゃなかったらメンバーにも入れてなかった」

 

 ちなみに一塁手の高良は右投げ。ポジションを入れ替えようとは思わなかったのか。

 

「ファーストはバッティングがいい人というイメージがあって。最初は守備要員だったんです」(金城)

 

 そこから打撃を鍛え、2年夏の甲子園では5番。定位置をつかんだ。

 

 そんな後輩たちの頑張りにポジションを奪われてしまった者もいる。1学年上の比嘉だ。

 

「長嶺がキャッチャーになって、キャッチャーやってた高良がファーストに回って、ファーストの俺が追い出されたんです。小学校からずっとファーストしかやったことがなくて、気づいたら守るとこがなくなってた(笑い)。流れ的に代打になるしかないですよね」

 

 3年時、キャッチボールすら参加せず、ひたすら打撃練習に打ち込んでいた比嘉はある日、監督の知り合いから極端に前かがみのフォームを“伝授”される。

 

「最初はすごい抵抗ありましたよ。やりにくいし、ヒザは痛いし。でも球が見やすいし、何より飛距離が出たんですよね」

 

 こうして那覇高野球部が出来上がった。

 

 枠にとらわれない起用法には、それぞれの長所を生かす池村監督の考えがあった。代打要員、守備要員、代走要員と、比嘉に限らず一つの練習を極めさせ、沖縄大会決勝ではメンバー14人をつぎ込んだ総力戦で甲子園の切符をつかんだ。届いたファンレターの中には「手術を受ける勇気をもらった」と記されたものも。地元のスポーツセンターには左投げ用のミットやグラブが並んだという。

 

 甲子園大会には2回戦から登場。中京商に延長11回の末、2対1で勝利したが、3回戦で育英に敗北した。甲子園からの凱旋後、学校側は池村監督の退任を計画していた。OBの意向やら部外コーチという立場だったことが理由に挙げられたが、詳しいことは分からないという。

 

「比嘉さんたちが引退して、僕がキャプテンになった年の秋季大会直後です。『これからなのに、あと10か月なのに、なんで?』という感じで。みんなで練習をボイコットしたり、校長先生にも何十回と時間を取ってもらって嘆願しました。そのうち先生たちとの間や部内でも対立が起きてしまって」(長嶺)

 

 対立は春まで続き、最後の夏の大会前、長嶺は退部を決意する。

 

「大人の事情に納得ができなかったんです。進学校で、野球だけというわけにはいかないことも分かっていた。今思えば、ちょっと若かったかな」

 

 那覇高を去った池村監督はその後、本州の学校で指導にあたり、2014年、急逝。43歳の若さだった。

 

「先日、三回忌を迎えたばかり。当時の池村さんの年齢になってみて、あらためてすごさを感じます。告別式には本土の教え子もいっぱい来ていて。偉大な恩師でした」(金城)

 

 3人は、今でも時折同じ草野球チームでプレーする。

 

「卒業してからは恥ずかしくて、ずっと外野手をやってます」(長嶺)

 

「僕はずっとサード。このグラブも、甲子園のときに特注したやつです」(金城)

 

「(あの打法は)卒業してすぐやめました。普通に鍛えてなきゃ無理ですよ」(比嘉)

 

 池村監督が作り上げた超個性派チーム那覇高校。

 

 高校野球ファンの度肝を抜いたあの夏から15年がたった今も、そのインパクトを超える高校は現れていない。

 

☆ながみね・ゆうや=1983年9月2日生まれ。那覇市出身、高良小3年のときに野球を始める。那覇高進学後、肩を痛め投手から外野手に転向、1年秋からは捕手に。卒業後は大育情報ビジネス専門学校に進学。現在は郵便局員。163センチ、70キロ。左投げ左打ち。

 

☆きんじょう・よしあき=1983年10月5日生まれ。那覇市出身、神原小4年のときに野球を始める。当時のポジションは一塁手。神原中で三塁手に転向。那覇高卒業後は九州国際大に進学。現在は飲料配送業。168センチ、55キロ。左投げ左打ち。

 

☆ひが・ただし=1982年4月7日生まれ。那覇市出身、若狭小4年のときに野球を始める。上山(うえのやま)中を経て那覇高に進学。高3の時に大リーグ・エンゼルスのトライアウトを受験するも不合格。卒業後は帝京大へ。現在は家業のお茶屋を営む。163センチ、90キロ。右投げ右打ち。

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