2020年東京五輪は走るのか。伝統のボストン・マラソン(米マサチューセッツ州)で初優勝した“公務員ランナー”川内優輝(31=埼玉県庁)が日本スポーツ界に波紋を投げ掛けている。瀬古利彦氏(61=日本陸連マラソン強化戦略プロジェクトリーダー)以来31年ぶりの快挙に祝福ムード一色だが、東京五輪出場に向けては慎重な姿勢であることから“別物”と受け止める声も。日本オリンピック委員会(JOC)の選手強化本部も川内の決断を尊重し、無理強いはしない方針だ。
日本陸連を通じてコメントを発表した瀬古氏は「まさか勝つとは思わなかった。本当に驚いた。ボストン・マラソンは世界の一流選手ばかりが出場する伝統ある大会。私が出ていた時より強い選手がたくさん出ている」と興奮を隠さなかった。
雨が降る中、序盤から飛ばして最後に逆転する粘りのレースも光り、五輪代表選手を決める「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場権を得ている川内に「ぜひ、出てほしい」と呼び掛けた。
さらに瀬古氏は「悪天候の中でこれだけ頑張れるのはいい見本ができた。川内君の粘りを他の選手も見習ってもらいたい。これで東京オリンピックはがんがんいける」と川内に刺激を受けた若手の奮闘にも期待した。
ただ、川内は「代表引退」を表明し、当面の目標から東京五輪を外している状況だ。瀬古氏は「東京五輪は気温が高く、今回とは真逆の天候が予想される」と指摘。暑さを苦手とする公務員ランナーとしては、猛暑の可能性もある東京五輪で勝負することは困難と考えての決断だった。
その思いはボストン・マラソンを制した後も変わらず。川内は積極的な発言を控え、むしろ五輪でメダルを狙う他の日本人選手に協力する姿勢をアピールした。
東京五輪でメダルを獲得できる素質を持った陸上界きっての人気ランナーだけに、日本陸連としてもじくじたる思いだろう。しかし、JOCも川内の決意が変わらない限り、無理強いはせず、その意思を尊重する方針だ。
ロサンゼルス五輪柔道金メダリストでJOCの山下泰裕強化本部長(60)は「心が体を引っ張っていく。スポーツに限らず、すべて本人の意思、モチベーション。『何がなんでも出たい』『あそこで走りたい』と思わない人を無理やり走らせることは不可能。牛や馬じゃないんだから。自分の人生、自分しか責任を取れない」と話す。
残り2年あるため「人間の気持ちは変わる」との期待もあるが、五輪は出場=ゴールではない。日の丸を背負うことはすべてをかけて戦う覚悟を意味する。川内はこれからも毎月のようにレースに参戦し、最強の市民ランナーとしての活動を継続していく構えで、山下強化本部長は「2020年にとらわれなくていい。自分が何を選択するかはその人の自由。そこを無理やりこういう方向に向けようとするのは、私は好きじゃない」との見解を示した。
今後、川内は“変化”するのか。それとも変わらないのか。日本スポーツ界は注意深く、その動向を見守っていく。