【陸上】桐生 快挙の裏に鉄人力

2017年09月11日 16時30分

桐生の成長に一役買った室伏氏

 大快挙の裏には…。陸上短距離の桐生祥秀(21=東洋大)が9日の日本学生対校選手権(福井県営陸上競技場)男子100メートルで、日本人初の9秒台となる9秒98(追い風1・8メートル)を出して3連覇。ついに10秒の分厚い壁を打ち破り、日本列島を歓喜させた。昨夏のリオデジャネイロ五輪後、アテネ五輪男子ハンマー投げ金メダリストの室伏広治氏(42)に師事したことが大きな転機となったが、そこには9秒台とともに室伏氏が桐生に託したもう一つの“夢”があった。

 日本人初の9秒台で、日本陸連の伊東浩司強化委員長(47)が1998年に記録した10秒00の日本記録を約19年ぶりに更新。快挙から一夜明けた10日、桐生は「テレビや新聞の記事を見て(9秒台を)出したんだなという実感が湧いてきた」と笑顔で話した。ライバルの山県亮太(25=セイコーHD)からのものも含め、お祝いのメッセージが400件超も届き「感動して泣きそうになった」と喜びをかみ締めた。

 2013年4月の織田記念国際で10秒01を出してから4年。転機になったのはリオ五輪後の一大決心だった。昨年11月、桐生が土江寛裕コーチ(43)とともに室伏氏のもとを訪れ、“鉄人”から苦手としていた筋力練習のノウハウを学んだ。異例のタッグ結成だったが、その裏には9秒台だけではない鉄人の「願い」があった。室伏氏は本紙にこう語っていた。

「すでに9秒台はアジアから出ていますから、日本から一刻も早く9秒台が出てもらいたいなと思いますし、リオのリレーの戦いを間近で見てて(日本に)9秒台の選手が2人、3人と(東京五輪まで)3年の間に出れば、さらに上のメダルだって可能性あるんじゃないかなって」

 着眼したのは桐生もメンバー入りしリオ五輪で銀メダルに輝いた男子400メートルリレーだった。「さらに上のメダル」とはもちろん金メダル獲得を指している。現役時代、誰よりもナンバーワンを目指してきた室伏氏。「アジア人初の9秒台」の称号は中国の蘇炳添(28)が15年に9秒99で奪ったことを気にしていた。自分が指導に関わる以上、一番を取ってほしい――。王者の誇りと今後への期待を言葉に込めて桐生に送ったのだ。

 東京五輪のスポーツディレクターを務めるなど超多忙の身。その中で週1回、2時間のマンツーマン指導を引き受けたのも「現地で見てて感動した」と回想する桐生の快走が脳裏にあったからだ。100メートルについて桐生は「やっと世界と戦うスタートラインに立てた」段階。まず掲げたのは「五輪でファイナリスト」で、メダル争いはその先だ。対するリレーは、8月の世界選手権(ロンドン)でも銅メダルを獲得するなど日本の走力は確実に底上げされている。桐生の9秒台に刺激を受け、山県やサニブラウン・ハキーム(18=東京陸協)、ケンブリッジ飛鳥(24=ナイキ)、多田修平(21=関学大)らが続々と9秒台を記録すれば、リレーの金メダルは決して夢ではない。

 しかも室伏氏が指導を通じ、意識づけしたのは筋トレだけではなかった。「単に筋力アップするっていうことじゃなくて、バランスや体の使い方に関して力の出し方だったりとか、力の制御の仕方だったり、トップアスリートに必要な能力」と多岐にわたった。桐生は4月の織田記念で向かい風日本最高となる10秒04(向かい風0・3メートル)をマーク。「あれだけ10秒フラット近くで向かい風で走れることは今までなかった。それは一つの成果だと思う。何よりもケガをしないっていうことが大事なこと。そういう(高い)レベルでケガをしないでやっていってほしい」と手応えを感じていた矢先の9秒台。室伏氏はツイッターで「桐生選手おめでとうございます!」と祝福した。 

 次戦は10月の愛媛国体の400メートルリレーに出場する予定。桐生は「伸びしろは自分でも想像がつかないくらいあると思う。さらに(記録を)更新したい」と宣言した。その視線の先には、東京五輪で黄金に輝くメダルがはっきりと映っている。