瀬古氏が明かすDeNA決定までの眠れぬ日々

2013年01月14日 16時00分

 まさに“拾う神”だった――。ソーシャルゲーム大手DeNAが10日、マラソン15戦10勝の瀬古利彦氏(56)ら多くの五輪選手を輩出した名門エスビー食品陸上部の受け入れを発表した。3月限りでの廃部が昨年8月末に発表されてから、DeNAに決まるまでの苦悩を瀬古氏が明かした。


「12月末に決まるまで眠れない日もあった。8月から心が折れそうな日が続いた。こんなに悩んだのは初めて。でも人間、絶対に諦めてはいけないことが56歳になってわかった」(瀬古氏)


 楽天的、明るい性格で知られる瀬古氏。エスビーのスポーツ推進局長として移籍先を探す苦悩の日々は、北海道合宿中に部員が交通事故死した1990年以来のことかもしれない。


 瀬古氏をよく知る人物は「選手とスタッフを含め全部で12人いたから大変だった。ある会社に決まる寸前までいったが、土壇場でダメになった。候補は4社くらいあったと聞いた。『あと1社ある』と言っていた」と語る。


 ある会社とは、靴業界の有名企業。創業者はノリ気だったが、組織としてOKは出なかった。あと1社がDeNAで、11月半ばに話があり、同社の春田真会長(44)、守安功社長(39)と12月半ばに会い、同月下旬に受け入れが決まった。陸上部のスタートは4月で、瀬古氏は総監督に就く。


 瀬古氏は書き初めで「心」と書いた。「感謝の心。これだけお世話になって感謝がなかったら話にならない。心を込めて選手を走らせたい」


 守安社長は「もともと駅伝やマラソンが大好きで(瀬古氏の)ロサンゼルス五輪や福岡国際マラソンとかを小さいころから見ていた。熱血、根性のところが大好きで、そういう根性で強いチームをつくってもらえるのでは」。瀬古総監督の任期は期限なしの好待遇だ。


 部の予算は「数億円の前半」(守安社長)。選手6人のエスビーに往年の勢いがないことから補強も行い「3年以内に元日の全日本実業団対抗駅伝優勝」が社としての目標だという。