陸上100メートル・佐藤圭太 16年リオ大会後に走りを根本改革〝10秒台へのこだわり〟

2020年09月30日 11時00分

100メートルの自己ベスト11秒77の佐藤が、夢の10秒台を狙う

【Restart パラヒーローズ その壁を乗り越えろ(16)】ある選手との出会いがあったからこそ、パラ陸上男子100メートル(T64)の佐藤圭太(29=トヨタ自動車)はトラックを走り続けている。難病を乗り越え、陸上に人生をささげるスプリンターが描くパラリンピックの未来像とは――。

「気持ちを強く持てば周りにどう見られても大丈夫」。15歳のころにユーイング肉腫の発症が分かっても、右ヒザの下を切断するまで悲観することはなかった。

 ところが現実は甘くなく、義足をはいているだけで「脚を見られたり、不便を感じるようになったので、やっぱ自分って障がい者なんだなと思うようになった。義足に対して悲観的な思いを持つようになった」。高校入学時に陸上を始めても、義足を露出した状態で走ることに抵抗があったという。

 しかし、高校2年時の大会でパラ陸上のレジェンド・山本篤(38=新日本住設)ら、トップ選手に出会ったことが人生を大きく変えた。「(山本らは)短パンで歩いて義足を見せびらかすように走っていた。その姿がすごく僕の中で印象的で、僕にとってはすごく大きかった」。気持ちが吹っ切れたことで、義足とともに生きていく覚悟を決めた。

 すると、高校3年時に200メートルで日本記録(当時)をマーク。中京大学進学後は陸上部で主将を務めるなど心身ともに成長を遂げた結果、2016年リオ大会では400メートルリレーで銅メダルを獲得した。ただ、100メートルでは決勝進出を逃し「ゼロからやり直さないといけない」と、帰国後は走りを根本から見直した。

 あえて大胆とも言える決断に踏み切ったのは、すべてかねて目標として掲げる“10秒台”を叩き出すためだ。「10秒台にこだわるのも、陸上選手としてそれくらいで走らないと速いって認めてもらえない。健常者と障がい者の垣根をなくして、パラリンピックをなくすくらいの気持ちがあったほうがいい。パラって言葉に甘んじるんじゃなくて、もっともっと健常者と遜色ない陸上競技として活動していくべき」との信念を持って、日々陸上に取り組んでいる。

 熱い思いを胸に、誰よりも陸上を愛するパラリンピアンが東京の舞台で大偉業に挑む。

 ☆さとう・けいた 1991年7月26日生まれ。静岡県出身。小学校4年からサッカーを始め、GKとして活躍した。中学3年時にユーイング肉腫を発症し、右ヒザの下を切断したが、義足をはいて高校入学と同時に陸上人生をスタート。高校3年時には200メートルの日本記録をマーク(当時)した。パラリンピックには2大会連続(ロンドン、リオ)で出場。リオ大会では400メートルリレーで銅メダルに輝いた。サッカーJ1清水の大ファンで、好きな選手は元日本代表GK川口能活氏。177センチ、68キロ。