【マラソン】瀬古氏 モスクワ五輪ボイコットが決まっても、その瞬間に悔しさは消えた 3つの新しい目標ができたからね

2020年04月22日 11時00分

瀬古氏はどんな事態にもポジティブだ

【どうなる?東京五輪パラリンピック(22)】 マラソン界は昨年から札幌移転、厚底シューズ問題、そして新型コロナウイルス感染拡大で東京五輪の1年延期と前代未聞の騒動が続いている。こんな状況でも日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダー(63)は持ち前の明るさを振りまく。嫌なことは一日で忘れるというポジティブさに加え、五輪内定者の出場権維持をいち早く訴えた行動力も光った。その真意を本紙の電話取材で語った。

「世の中って想像もつかないことが起こるんだ」

 取材の冒頭、未曽有の事態に直面した心境を漏らしたが、スカイプ画面に映った表情は陽気。いつものポジティブな瀬古氏がいた。

 史上初の五輪延期が決まった翌日(3月25日)、東京五輪マラソン代表に内定した服部勇馬(26)の所属するトヨタ自動車陸上長距離部の佐藤敏信監督(57)から「大丈夫ですか?」と心配され、瀬古氏は「大丈夫。これから会見で言うから信じて選手に伝えてくれ」と明言。周囲が混乱する中、すぐに内定者の権利維持をメディアに訴えて他競技全体に内定者優先のムードを高めた。

 背景には自らの苦い経験がある。金メダルが期待されながら日本のボイコットで参加できなかった1980年モスクワ五輪だ。「あの時はずっと待たされ、ホントに嫌な思いをした。参加するんだか、しないんだか、五輪開幕2か月前になっても決まっていない。その状況を僕は知っているので、なるべく早くアナウンスし(他競技の)道筋になればいいと思った。我々は選手にヤル気を出させるのが仕事だから」

 ボイコットが決まった瞬間、瀬古氏は「1万メートル日本記録樹立」「福岡マラソン優勝」「ボストンマラソン優勝」という3つの目標を立てた。「達成すればモスクワ五輪で勝てた証明ができると思ってね。目標に頭がいっちゃって、もう悔しくなかった。人間って迷っている時が一番ダメ。目標ができればパッと切り替えられるんですよ」

 瀬古氏の「五輪運」は決して良くない。84年ロサンゼルス五輪でも14位と期待を裏切ったものの、常に前向きだ。「心が沈むっていうのは自分で決めているから。一日で切り替えますよ」。その礎には早大時代からの恩師・中村清監督(故人)の教えがあるという。「人間いい時があれば悪い時もある。だから一喜一憂しない。そして苦しい時は、俺は鍛えられている! 強くなるためのチャンスだ!って思うんです。中村監督に『試練はお前を強くするって聖書に書いてある』って言われてました」

 コロナ禍で講演会やイベントが中止となり、瀬古氏は最近になって久々にジョギングを再開。週5日、1キロを5分30秒ペースで約40分ほど汗を流している。「もう体調が良くなっちゃって。ビールもうまくてね」。80年代に世界を取ったピッチ走法で、後ろを振り返らず前だけを見ている。