ニューヒロイン松本遥奈が「スノボ一筋の人生」と決めた理由

2017年10月22日 11時00分

五輪への思いを語った松本遥奈

【アスリート 美ューティー TALK】2018年平昌冬季五輪まで4か月を切った。有力選手たちは調整に余念がないが、スノーボード(SB)女子ハーフパイプ(HP)で一躍脚光を浴びたニューヒロインがいる。美しさと強さを兼ね備えた女性アスリートに迫る好評連載「アスリート 美ューティー TALK」11回目は、3月の世界選手権で銀メダルを獲得した松本遥奈(24=クルーズ)が登場。スノボ一筋の人生を歩む美女の大一番に向けた熱い思いとは――。

 ――五輪まで4か月を切った。今の気持ちは

 松本:今シーズンが勝負の年。今まで自分がやってきたことをいかに発揮できるか。海外の選手に比べて、まだまだ足りないところもあるので、残りの練習期間で調整していきたい。

 ――世界選手権の銀メダルを振り返って

 松本:世界選手権前のUSオープンで転倒して大きなアザをお尻と太ももにつくってしまった。体のコンディションが最悪な状況で、ずっと歩けないぐらい痛かったんですけど「やらなきゃいけない」という気持ちのほうが強かった。思い切って滑った分、成績がついてきたのかなと思います。

 ――五輪に向けてどう鍛えていきたい

 松本:五輪はもちろん、それまでの一戦一戦は自分の滑りをするのが一番だと思う。そのために、雪上トレーニングはもちろん、体づくりやイメージトレーニングなど、今できることを精一杯やっていきたいです。

 ――今季W杯開幕戦は8位だった

 松本:すごく悔しいんですけど、自分に足りなかった部分がすごく分かって…。他の選手の映像を見たり、自分の映像を見たりとかして「ここが違うんだな」って研究できたので、今回の悔しい思いを生かしてトレーニングをしていきたい。

 ――平昌出場への思い

 松本:五輪は小さいころからの夢だった。今回逃すと、4年後。28歳になってしまうので、今回は逃さないように残りの大会を大切にしていきながら、自分ができることをすべて出し切って演技していきたい。

 ――実家(札幌市)の近くにスキー場があった

 松本:車だと5分の距離。小学生の時は、学校が終わってからナイターに滑りに行くのに自分で道具を持って1時間ぐらい歩いてスキー場に行ったりしました。自分にとってHPのホームゲレンデは真駒内スキー場。私が中学1年の時にクローズした後はトマムリゾートさんのほうに行って、2年から3年ぐらいこもったりして、その次はニセコに行きました。

 ――その間、青森山田高の通信制に通った 

 松本:月に2回、札幌の教室に通っていました。青森山田の通信制で札幌校があって、札幌の実家から通いました。自分より年上の方もいらっしゃるので、年齢がバラバラで友達もとても増えた。一緒に勉強して放課後に遊びに行ったり、人脈は広がりましたね。

 ――スノボ一筋の人生と決めた理由は

 松本:SBを始めたきっかけは、SBをやっている先輩たちの姿が格好よくて始めたんです。自分も格好いい人生を歩んでいきたいと。小学校4年生の時にHPを経験し「代表選手になる!」と決めてからは、ずっとその気持ちは変わらないですね。小4の時、五輪に出たいというのがまず一つ目標に出てきて、そのためにずっとSBしかしてなくて、今まで五輪に向かってずっとやっています。

 ――スノボをしない時の過ごし方は

 松本:ジムのトレーニングが好きなのでSBをしていない時はずっと鍛えています。料理も好きなのでたまにしている。あとは札幌に帰ってきて時間がある時は、気晴らしに友達とご飯に行くとか、それぐらいですね。

 ――読書とか音楽は

 松本:音楽はよく聞いていますね。leccaさんの曲もそうですし、AIさんの曲とかも。自分に勇気をくれるような曲とか、テンションが上がるような曲を最近は聞きます。

 ――好きな芸能人

 松本:よく聞かれるんですけど、テレビや雑誌など見てもこの人好きってならないんですよね。あまり好き嫌いを意識することなく終わっちゃいます。強いて言えば、好きな男性のタイプは優しい人です。まずは優しい人がいいかな。

☆まつもと・はるな=1993年7月26日生まれ。北海道・札幌市出身。幼少期からスキーに熱中し、8歳の時、スノーボードに転向。2年後にハーフパイプを始める。2008年全日本選手権で初優勝し、11年世界ジュニア選手権金メダル。今年3月の世界選手権では、日本勢で07年の山岡聡子以来の表彰台となる銀メダルを獲得した。157センチ、血液型=A。