【バドミントン】金メダル奥原希望 “絶対王者”として東京五輪へ

2017年08月29日 11時00分

日本人初の金メダルを手に奥原の笑顔がはじけた(ロイター)

 2020年東京五輪へ光明! バドミントンの世界選手権女子シングルス決勝(27日、英国・グラスゴー)で、リオ五輪銅メダルの奥原希望(22=日本ユニシス)が同銀メダルのシンドゥ・プサルラ(22=インド)との大激闘を2―1(21―19、20―22、22―20)で制し、日本勢では40年ぶり、シングルスでは初となる金メダルを獲得。リオの雪辱を果たした。

 死闘だった。奥原の相手はリオ五輪準決勝で敗れたプサルラだ。過去3勝3敗のライバルを相手に、序盤からシーソーゲームを展開。最終ゲームでは足がつりそうになり、コートに這いつくばる場面もあった。

 苦しげな表情を浮かべながらも必死にラリーを続け、しぶとく食らいつく。プサルラも179センチの長身を目一杯使ってのプレーでペースを譲らない。奥原は17―19と土俵際に追い込まれたが、ここでラリーで粘りに粘ってからスマッシュを決めてポイントを挽回。2度目のマッチポイントでもラリーに持ち込み、最後は相手のミスを誘って、1時間50分に及んだ大激闘を制した。

 リオ五輪のリベンジに成功するとともに、日本勢のシングルス制覇は五輪、世界選手権の男女を通じて初めての快挙。ダブルスを含めた日本の世界選手権Vも、1977年の女子ダブルス優勝から40年ぶり2度目の偉業だ。

 奥原は歓喜の涙を浮かべると、コートを出る際に「ありがとうございました!」と叫んで頭を下げた。「とてもうれしい。(プサルラに負けた)去年のリオ五輪のこともあってナーバスだったが、多くのファンのサポートで今日はいいプレーができた」と誇らしげな表情。勝因についても「すごいきつい試合だったけど、最終ゲームで勝ち負けより思い切り楽しもうと思った。そうしたら、最終ゲームの出だしは苦しくて表情曇ってばかりだったけど、自然と笑顔も出てきた。もっともっとやってやる、もっともっとできるんだと思えて、その気持ちが勝ちにつながったんだと思う」と明かした。

 リオ五輪後は右肩の故障に苦しんだ。昨年12月の全日本総合選手権では2回戦のゲーム途中で棄権。悔しさのあまり号泣した。だが、そこから肉体改造に着手。肩の可動域を広げるトレーニングを取り入れたり、フットワークに磨きをかけて復調につなげた。

 それでも、世界選手権Vは日本のエースにとって通過点でしかない。「自分のゴールは2020年東京五輪。それまでは絶対に満足はしない。もっともっと、まだまだ進み続けたい」と強い口調で言い切った。

 さらに「この3年でもっとパワーアップして(東京五輪での)金メダルの確率を上げたい」と続けた。“絶対王者”として五輪へ、奥原の視線の先にあるのは東京での金メダルだけだ。

☆おくはら・のぞみ=1995年3月13日生まれ。長野県出身。埼玉・大宮東高出。女子シングルスで2011年に全日本総合選手権を制し、16歳8か月の最年少女王に。12年に日本勢で初めて世界ジュニア選手権制覇。15年にスーパーシリーズ・ファイナルで優勝し、昨年のリオ五輪で銅メダル。157センチ、52キロ。