AV差し入れの日に骨折した松井

2012年12月29日 10時00分

【番記者が振り返る松井秀喜の素顔(3)】

「ついにこの日が来たか…」という思いでいっぱいだ。入団1年目、入社1年目の記者が「松井番」として張りついてから足かけ20年…。本当にいろいろなことがあった。

「ゴジラの素顔を探れ」というテーマのもと、とにかく様々なジャンルの質問をぶつけていくうち、一番“ノリ”がよかったのが動物ネタ、そして下ネタ…。以来、松井発の数々の下ネタは他紙が報じない本紙独占ニュースとなり続けた。

「松井、ノーパンしゃぶしゃぶ友の会結成」の時などは、さすがに母のさえ子さんにはショックだったようで「どうしてあんな記事を書くんですか」と涙目で訴えられたこともあったが、父の昌雄さんは「まあまあ、いいじゃないか」と高笑いで大喜び。ああ、父子でスケベなんだなとあの時は妙に納得したものだ。

 そういえば左手首を骨折して連続試合出場が途切れた日は、試合前に日本から到着した大量のAVをセキュリティーの目をかいくぐって差し入れした日だったっけ。あれでプレーがうわの空になり、集中力を乱してしまったのではと、今でも申し訳なく思っている。

 そしてあれは記者がギャンブルで大失敗し、金策に苦労していた2005年のことだったろうか。ヤンキー・スタジアムのロッカーで、日本から届いた山ほどの差し入れ(食料1か月分含む)をおすそわけしてくれ「オレが引退したら松井ファンドを設立してあげるから心配しないでいいよ」と温かい言葉をかけてもらったことを覚えている。

「引退の日」をこうして迎えてしまった今「松井ファンド」の行方はともかくとして、駆け出し記者が怪物ルーキーとともに歩んできた“青春の日々”が終わってしまったことを痛感している。今後は体をゆっくり休め、いずれは指導者・松井で日本球界を沸かせてもらいたいと思っている。今まで夢と笑いをありがとう! 本当にお疲れ様!

(93〜06年、松井担当・M)