【連載コラム】山本功児 なんとなく幸せ

2012年10月18日 10時00分

 野球は筋書きのないドラマと言われるが、人生もまた筋書きがない。どう転ぶかは出会いによっても左右される。野村克也氏、長嶋茂雄氏、王貞治氏、張本勲 氏、稲尾和久氏、落合博満氏…。球界を代表する大スターたちとの出会いに恵まれ、現役時代に巨人とロッテで活躍。引退後には両チームで指導者も務めた山本功児氏が、その半生を振り返る。(全27回=山本氏は2016年4月23日、肝臓がんのため死去した)

 

<連載1>日常生活の中にいつでもプロ野球選手がいた

<連載2>三田学園で“運命の出会い”

<連載3>野村克也さんの誘い断り大学進学

<連載4>指名されず社会人野球で出直し

<連載5>巨人に指名された感想は「王さんに会える」

<連載6>謎に包まれたままの“長嶋伝説”

<連載7>ひらめきではなかった長嶋勘ピューター

<連載8>まさかの「4番、ライト、山本」

<連載9>長嶋監督のアドバイスは効果抜群

<連載10>“生涯の友”キヨシとの出会い

<連載11>キヨシは100%信用できる男

<連載12>麻雀は大先輩との交流の場

<連載13>王さんの真面目さが“災難”に

<連載14>長嶋監督解任、そして王さん引退

<連載15>“海水浴”報道で藤田監督が激怒

<連載16>トレードを“予告”していた落合

<連載17>野球脳を鍛える落合「オレ流」トレ

<連載18>変わっていなかった稲尾さんの鉄腕

<連載19>うれしかった「打撃10傑」入り

<連載20>いろんな意味ですごかった村田兆治さん

<連載21>最もやりがい感じた二軍監督

<連載22>「練習はウソをつかない」は本当

<連載23>ファン待望の単独首位に!

<連載24>話にならなかった外国人補強

<連載25>ハワイ移住直前に古巣・巨人からラブコール

<連載26>こうして起きた「清原ハイタッチ拒否事件」

<連載27>プロで培った技術、経験を息子に伝えたい

 

☆やまもと・こうじ=1951年12月25日生まれ。大阪府堺市出身。三田学園高3年時には選抜大会に出場。69年のドラフト会議で南海(現ソフトバン ク)から3位指名されるも、入団拒否して法政大に進学。卒業後は社会人の本田技研鈴鹿へ進み、75年のドラフト5位で巨人入団。84年にトレードでロッテ に移籍し、レギュラーとして定着する。88年の引退後はロッテの一、二軍の打撃コーチや二軍監督を歴任し、99年から5季にわたって一軍監督を務めた。 2004年に二軍ヘッドコーチとして古巣の巨人に復帰。一軍のヘッド兼打撃コーチを務めた05年限りで退団した。タイトルはカラオケの十八番、ザ・スパイ ダースの「なんとなくなんとなく」から。2016年4月23日、肝臓がんのため死去。

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