フェンシング太田 完全復活までの苦難の道

2015年07月22日 16時00分

笑顔で金メダルを披露する太田

 フェンシング世界選手権(モスクワ)男子フルーレ個人で日本人初の金メダルを獲得した太田雄貴(29=森永製菓)の苦悩の日々が明かされた。

 

 21日に帰国した太田は都内で会見。リオ五輪に向け「優勝候補の一人として夏の舞台に挑めることを心からうれしく思っている」と喜びをかみしめたが、ここまでの道のりは険しかった。

 

 ロンドン五輪後、1年間の休養を挟み、2013年10月の東京国体で復帰したが、当時を知る牧野講平トレーナー(35)は「最初はひどかったですよ」と振り返る。ロンドン五輪でフルーレ団体を銀メダルに導いたエースの肉体はブランクの影響で激変。連日の美食と飲酒がたたり、腹筋は消えうせ、ブ厚い脂肪が体を覆う状態だった。

 

「体重も10キロ以上多かったと思います。久しぶりに会った時はプニプニしていた。走れないし、動けないし、力はない。途中で『ちょっと、すいません…』と言って、トイレに吐きに行くこともありましたね。練習が終わり、動けなくて放心状態になっていることもあった」(牧野氏)

 

 トップアスリートが恥をしのんで一からの出直し。酸欠状態になるほどの過酷なトレーニングをこなした。それでも、太田は「つらい」「しんどい」と叫びながらも、途中でやめることは一度もなかった。体脂肪率は10%以上も減少。この経験が金メダルの原点になった。

 

 集大成と位置づけるリオ五輪後は、国際オリンピック委員会(IOC)への“就職希望”も明かした太田。現役を離れても、世界を舞台に闘い続けるつもりだ。