「天才」がついに悲願達成だ。北京五輪のスピードスケート女子1000メートル(17日、国家スピードスケート館)で、高木美帆(27=日体大職)が1分13秒19の五輪新記録で個人種目初の金メダルを獲得した。1大会4個のメダルは冬季五輪の日本勢では単独最多。通算7個とし、自身が持つ夏季を含めた日本女子最多記録を更新した。10代から注目を集めてきた高木美の土台は、いかにして築かれたのか。高校時代の恩師が明かす将棋の藤井聡太5冠(19)との共通点とは――。

 有言実行を体現した。こだわり続けてきた個人種目での金メダル。今大会は5種目にエントリーし、大会前には「種目を絞ったほうがいいのでは?」との声もある中で「考え過ぎる性格なので、たくさんの種目をやるほうが、何かに一つ集中する時に高い集中力を発揮できる」と冷静に自己分析。「純粋に速くなりたい」と選択したオールラウンダーを貫き通した。

 自分を信じる強さは昔から変わっていない。帯広南商高時代の恩師・東出俊一氏は「全てが天才的。もちろん頭もいいですし、考える能力が高い。それは小学校の時から感じていた」と回想する。その上で「うちにいた時にも極力あんまり情報を与えすぎないようにして、できるだけ自分で解決させるようにしていた」と早い段階から自立を促してきた。

 なぜか? そこには才能のある選手を指導する中での工夫が隠されていた。「天才的な人って、例えば将棋の藤井聡太君を見ていたら、かぶるところがすごくあるかなと。藤井君の先生も、もちろん基本的なことは教えるけれど、深入りして教えようとはしなかったと言っていた。同じ感じで能力が高い子はあまり型にはめないほうがいいなと思った」

 藤井5冠も高木美も、少年少女時代から「天才」と称され、大きな注目を集めた。藤井5冠の師匠・杉本昌隆八段は弟子に指導方針を押しつけず、個性や才能を伸ばすことを心掛けたことで知られている。高木美の恩師も、本人の自主性に任せて能力を最大限に引き出すことを優先したというわけだ。

 東出氏の指導のもと、高木美は考える力を磨いた。高校時代に国立スポーツ科学センター(JISS)を訪れた際には「専門の先生の講義を受けたり、質問する時も真剣に常に吸収しようとする姿勢があった」。さらに、独学でも勉強を重ねた。気になったことをメモ帳に書き留め、情報を取捨選択した上で「こういうことをやってもいいですか?」と高木美から提案してくることも多かったという。

 幼少期からサッカー、ヒップホップダンスなどにも取り組んできた。特にサッカーの腕前について東出氏は「もしサッカーを続けていたら、東京五輪でレギュラーになっていたんじゃないかな(笑い)」。なでしこジャパン入りの可能性もあったと証言するほどだ。日本では一つの競技に専念させる傾向が強い中、東出氏だけでなく周囲も高木美のさまざまな挑戦をサポートしてきたことも「天才」の素質開花につながった。

 一般常識を覆して未知の領域にたどり着いた高木美は「やりきれたなという強い達成感は感じている。最後に金メダル以上に、渾身のレースができたのがやっぱり一番うれしい」。この4年間の思いが詰まったウイニングランだった。