パラテコンドー・田中光哉 ラグビーW杯ではパワーをもらった「僕も続きたいな」

2020年09月18日 11時00分

田中光哉

【Restart パラヒーローズ その壁を乗り越えろ(15)】東京大会で初めて実施されるパラテコンドー。その第一人者として期待される男子61キロ級の田中光哉(28=ブリストル・マイヤーズスクイブ)は、日本中を歓喜の渦に巻き込んだあの桜戦士に刺激を受けながら、虎視眈々と表彰台を目指している。

「サッカー部の監督になりたかった」。先天性の両上肢欠損障害によるハンディキャップを背負いながらも、学生時代は健常者に交じってサッカーに熱中。将来は高校の教員としてサッカーに携わるはずだった。

 しかし、大学時代のオーストラリア留学が田中の人生を大きく変えた。パラスポーツが盛んな国で、障がい者と健常者が共存する社会を目の当たりにし「障がいのことをちょっと考えるようになって、スポーツをやっていたから障がい者スポーツの分野って僕と関係あるのかなと思った」。大学卒業後は、東京都障害者スポーツ協会の職員としてパラスポーツの世界へ足を踏み入れた。

 当初は、指導員として「体を動かすことが目的の人たちが、どうやったら楽しくスポーツができるか」を考えていた。ところが、前回のリオ大会を見て「改めて、こんなに注目されてこんなに応援されるんだと思った。パラはすごいな。ここに挑戦するなら4年後チャレンジしてみないともったいない」と一念発起。様々な競技から「出場の可能性が一番
高い」と踏んだテコンドーを3年前から始めた。

 本格参戦後は伸び悩んだ時期があったものの、1月の選考会で優勝を果たし、念願の代表切符を手にした。だが「ここから頑張らないといけない」と満足する様子は見られない。その背景にあるのは、ラグビー日本代表SH流大(28=サントリー)の存在だ。

「一緒にサッカーをやっていた」という小中学校時代の友人が昨年のラグビーW杯で大活躍。史上初のベスト8入りに貢献した姿を見て「W杯はめちゃくちゃ刺激になった。僕も続きたいな」とパワーをもらった。東京大会は1年延期となったが「今は基本的な部分でも頭が痛くなるくらい言われているので、そういったのが1年積み重なっていけば、今年よりもいい結果が出る」と前を向く。

「メダルを取るのと取らないのでは全然違うので」と意気込む田中が、大舞台で世界のライバルからメダルをジャッカルする。

 ☆たなか・みつや 1992年7月22日生まれ。福岡県出身。先天性の両上肢欠損障害でヒジ下の骨や指の一部がない。学生時代はサッカーに情熱を注いでいたが、大学時代のオーストラリア留学を機にパラスポーツの世界へ。3年前にテコンドーを始めると、1月の選考会で優勝。東京大会の代表に内定した。今でもサッカーをこよなく愛しており、Jリーグだけでなく、海外サッカーも細かくチェックしているという。176センチ、61キロ。