【パラヒーローズ】競泳・一ノ瀬メイ 障がいの壁をなくすべく我が道を貫く〝鉄の女〟

2020年09月04日 11時00分

一ノ瀬メイ(近畿大学提供)

【R e start パラヒーローズ その壁を乗り越えろ(14)】本来であれば、今頃は東京パラリンピックの最終章を迎えていたはずだった。新型コロナウイルス禍で1年延期になったとはいえ、パラ競泳の一ノ瀬メイ(23=近大職)の闘志は消えていない。スイミングスクールへの入会を断られ、泣きじゃくったあの日の悔しさをバネに“発信者”を志すヒロイン候補の胸中に迫った。

「君は何秒で泳げるの?」。英国のスイミングスクールで聞いた言葉に、小学4年の少女は耳を疑った。

 日本では右腕が人より短いというだけで、普通コースに入会することさえ許されなかった。一方、約1年間住んでいた英国では、障がいの有無は関係なし。本人の実力に合わせたクラスをすぐに紹介してくれた。「英国で自分の理想に出会えた。日本もこんなふうになってほしいっていう理想ができた」と当時を振り返る。

 小さいころから偏見などによる差別を受けてきた。それでも「水泳ができるってことが自分の自信にもなっていたし、自分を守る武器だった」と13歳で日本代表入り。数々の日本記録を打ち立てたことで、侮辱されることはなくなったが「自分以外に障がいを持っている人で、まだまだ嫌な思いを日常的にしないといけない人がたくさんいる。自分が活躍して、障がいに対する思い込みや、変なイメージを変えたい」と夢がさらに膨らんだ。

 高校入学後は、英語のスピーチコンテストに挑戦。「ただやるだけだと注目してもらえないので、全国優勝くらいしないと話を聞いてもらえない」と、海外遠征時も忙しい合間を縫って原稿を執筆した。本番では「障がいって何?」をテーマに熱弁した結果、見事日本一の座に輝いた。また、翌年にはリオ大会の代表権を得たことで、自らの考えを伝える機会が増えた。

 ただ、リオ大会ではメダルを逃したことから「さらにレベルアップしたい」と一念発起。大学卒業と同時にオーストラリアへ移住し「たくさんの人に自分の言葉を届けるためにも、水泳で結果を残さないといけない」と、異国の地で水泳漬けの日々を過ごしている。

 自国開催の大一番に向けては「目標はずっと表彰台。表彰台に上らないと楽しくない世界なので」と気合は十分。障がいという壁をなくすべく、我が道を駆け抜ける覚悟はできている。

 ☆いちのせ・めい 1997年3月17日生まれ。京都府出身。先天性の右前腕欠損症を患いながらも、1歳半から水泳人生をスタート。バレエやカップダンス、陸上にも取り組む活発な少女だった。13歳でパラ競泳の日本代表に初選出されると、2014年アジア大会では、4個(銀2、銅2)のメダルを獲得。16年リオ大会は8種目に出場。現在は5つの日本記録を保持する。名前のメイは、中国語で梅という意味で「世界中の誰もが発音しやすいように」との思いが込められている。166センチ、58キロ。