08年8月21日 女子ソフトボールが金メダル獲得 女房が見た鉄腕上野の413球

2020年08月17日 14時00分

抱き合って喜ぶ峰幸代(左)と上野由岐子(右)

【東スポ60周年記念企画 フラッシュバック(18)】最後は絶対に私たちが勝つ――。2008年8月21日、北京五輪女子ソフトボールで日本代表が初の金メダルを獲得し、悲願の頂点に列島は大きな感動と興奮に包まれた。その立役者となったエース・上野由岐子投手が決勝トーナメント3試合で投じた413球は今でもファンの記憶に刻まれているが、女房役としてミットを構え続けた峰幸代捕手(32=トヨタ自動車)は大会をどう見ていたのか。創刊60周年を迎えた本紙連載「フラッシュバック」では、当時チーム最年少だった“扇の要”が優勝までの舞台裏を明かした。

 決勝の米国戦。3―1で迎えた7回、二死一塁、上野がケイトリン・ロウを三ゴロに打ち取ると、ナインはマウンド付近に集まって右手を高く突き上げ、喜びを爆発させた。これまで五輪3連覇中だった“絶対王者”を下して手にした初の金メダル。描き続けた夢が現実になった瞬間だった。

 死闘の連続だった。当時はすでに4年後のロンドン五輪で正式種目からの除外が決まっており、16年以降に復活しなければ「今大会が最後の実施になるかもしれない」という状況。このような背景から日本だけでなく、各国が“最後の金”を目指していた。

 峰 五輪も世界選手権も「米国1強」。でも、ここで日本が勝つことで競技の魅力を伝えられるのではないかと。個人としてはもちろん、チーム全体にソフトボールを未来につないでいくために日本の強さを伝えるという思いがありました。

 07年に19歳で代表入りし、五輪メンバーに選ばれた峰は1次リーグ第4戦の米国戦で先発マスクをかぶった。ところが、この試合は上野が登板しなかったとはいえ、0―7で日本は五輪史上初のコールド負けを喫した。

 峰 まさに立ちはだかる壁でした。私は米国と長年戦ってきたわけではなく、経験が少ないので「どれだけ強いのかな」と思っていましたが、穴がなければ隙もない。こちらが少しでも甘さを見せれば、立て続けに仕掛けてきて止められない。火をつけちゃダメだし、煙を起こしてもダメだという感覚でしたね。

 それでも、リベンジのチャンスは用意されていた。ソフトボールの決勝トーナメントは独特で、準決勝はリーグ1位と2位、3位と4位がそれぞれ対戦。前者のカードは勝てば決勝、負ければ後者の勝利チームと3位決定戦(3決)を行う。また、3決に勝てば決勝に進出し、日本が米国に次ぐリーグ2位を守れば最大で3度激突するシステムだった。

 峰 テレビ番組で「金メダルの確率は?」といったコーナーをやっていて、ソフトボールは30%でした(笑い)。一般的には厳しい数字に思われがちですが、ポジティブに考えれば逆に3割もあるなと。米国と3試合やれば1度は勝てる計算じゃないですか。強打者さえ打率3割の世界。全員が「最後は絶対に私たちが勝つ」と思っていたし、チャンスはあると感じていました。

 日本は6勝1敗で1次リーグを2位通過。そして、ここから「上野の413球」という“鉄腕伝説”が幕を開ける。2日間にわたる決勝トーナメント3試合で右腕とバッテリーを組んだのは、04年アテネ五輪を経験した乾絵美ではなくチーム最年少の峰だった。

 峰 米国は上野さんを対策するべく配球や攻略方法をデータでまとめていたと思うんです。でも、それは捕手が違うだけでひっくり返せたりする。私は乾さんをお手本にしながら同じやり方では意味がないと考えていたので、いかに違う方法で成功するかを考えていました。配球の内容は全然違いますし、米国も「いつもと何かが違う」という違和感があったと思いますよ。

 だが、米国との再戦となった準決勝は互いに無得点のまま延長に突入し、9回に均衡が破れて1―4でまたも敗戦。続くオーストラリアとの3決は1点リードの7回二死から同点弾を浴びる展開となったものの、延長12回に4―3でサヨナラ勝ちを収めて決勝に駒を進めた。

 峰(3決で)上野さんを12回まで投げさせてしまい「翌日に決勝が控えているのに…」なんて思っていたら、本人は「もう打たれる気がしない。投げるのが楽しくなったから終わらないでほしい」と“ハイ”になっていました(笑い)。

 とはいえ、上野は2試合で21回318球を投げ、身体的ダメージは隠し切れていなかったという。

 峰 いざ終わると股関節を痛めていたようで、足を引きずりながらトレーナーの元へ行っていました。でも、それだけではなく、投手の命ともいえる中指の皮がベローンと剥げていたんです。しかも肉が見えるくらい。これはいくら上野さんでも回復するのは難しいんじゃないかなと思いました。

 満身創痍の中で起きたアクシデント。だが、米国との“最終ラウンド”となった決勝で、エースは思わぬ行動に出る。

 峰 投球練習では、ばんそうこうを巻いていたんですけど、ボールがかかる箇所だったので、ばんそうこうがポーンと飛んでいってしまって。最終的に液体ばんそうこうか何かで処置をしたんですが、その箇所は使えない。すると、上野さんはいつもと違う中指の箇所を使って投げたんです。「そんなことできるの?」と驚きましたね。

 頂上決戦は初回からピンチを招きながらも、上野が要所を締め、打線が小技を駆使して援護。ついに歓喜のシーンが訪れた。こうして頂点に立ったが、峰はグラウンド外でチームの“結束力”を実感していた。

 峰 宿舎にはシャワーしかなかったので、チームで空気を入れて使う1人用プールを持参してお風呂にしていました。準決勝の前日、私が入浴していたら、部屋に入ってきた馬渕(智子)さんが体調不良でいきなり嘔吐したんです。どうにかしなきゃと思っていたんですが、先輩5~6人が集まって、馬渕さんのケア、嘔吐物の処理をやって。その一連の流れがものすごくスピーディーだったんですよ。一番下の私が働くべきなのに「峰はお風呂に入ってていいから」と。急性胃腸炎だった馬渕さんはすぐに点滴を打って決勝トーナメントも出場できたし、チームワークの高さというか、このチームはすごいなと思いました。

 最後の大舞台で絶対王者を負かすことを信じて疑わなかったナイン。それを後押ししたチームの絆。

 日本ソフトボール界は12年前につかんだ栄光の再現に向けて準備を重ねている。

 ☆みね・ゆきよ 1988年1月26日生まれ。福岡県出身。2006年に千葉・木更津総合卒業後、ルネサス高崎に入部。1年目から活躍し、日本リーグ1部新人賞、ベストナインに選出。07年に世界ジュニア選手権出場後、日本代表に選ばれ、08年北京五輪では金メダル獲得に貢献。14年に現役引退するも、東京五輪で追加種目として実施されることが決まり、16年にトヨタ自動車に加入。現在は日本代表に復帰し、来夏に延期となった五輪に向けて調整を続けている。右投げ右打ち。