競泳・木村敬一 米国武者修行でひと皮むけた “四度目の正直”で悲願の金メダルへ

2020年07月31日 11時00分

悲願のパラリンピック金メダルに自信を深める木村(東京ガス提供)

【Rstart パラヒーローズ その壁を乗り越えろ(11)】あの日の悔しさをバネに、パラ競泳の木村敬一(29=東京ガス)が武者修行に励んでいる。4度目の大舞台で悲願の金メダル獲得を目指す日本のエースが胸中を激白。東京大会へ懸ける並々ならぬ思いとは――。 

「できるようになるって実感することが多かったので、単純に自分の成長が面白かった」。木村が水泳と出会ったのは小学4年のころ。先天性疾患により、2歳で視力を失ったが、毎日活発に体を動かす息子の姿を見て、ケガを心配した母親が「囲まれた箱の中でしか動かないので、危なくないのでは」とスイミングスクールに連れて行ったのがきっかけだった。
 中学校入学と同時に水泳部の門を叩くと頭角を現すようになり、2008年北京大会に17歳の若さで出場。12年ロンドン大会では銀1個、銅1個のメダルを手にしたものの「半年くらいたって、金メダルをやっぱり取りたいなと思った」と満足することはなかった。
 東京ガスに就職後は、水泳漬けの日々を過ごしたことで「速くなっていったし、練習の量も質もどんどん増えていったので、自信はそこそこあった」と確かな手応えをつかんだ。そして、16年リオ大会では銀2個、銅2個のメダルを獲得。しかし、目標としていた世界一の座を逃した。「悔しかったし、疲れたかなっていう感じだった。なんか『う~ん』って、くたびれた感じ」と一時は引退も頭をよぎったほど落ち込んだという。
 それでも、自国開催の東京大会に向け、18年から拠点を米国へ変更。異国の地でトレーニングに取り組む中で「いろいろ考えるようになったので、水泳やトレーニング自体が面白いなと思えるようになったし、自分の水泳に対する向き合い方がすごく能動的になった」とひと皮むけ、金メダル有力候補に名乗りを上げた。
 ところが、東京大会がまさかの1年延期。現在は国内での調整を余儀なくされている状況だが「パラリンピックの盛り上がりに加担したいっていうか、一緒に盛り上がっていきたい。選手である以上は金メダルを取らないと」と気持ちは折れていない。表彰台の頂点へ立つために、全てを出し尽くす覚悟だ。

 ☆きむら・けいいち 1990年9月11日生まれ。滋賀県出身。先天性疾患により、2歳で視力を失ったが、小学4年から本格的に水泳人生をスタートさせた。2008年北京大会から、12年ロンドン大会、16年リオ大会と3大会連続でパラリンピックに出場。通算銀3個、銅3個のメダルを獲得した。19年世界選手権では得意の100メートルバタフライ(S11)で優勝を果たし、東京大会の出場権を獲得した。実はあんこが大好きな甘党で、ようかんがお気に入り。171センチ、65キロ。