パラ卓球・別所キミヱ 2年前に2度の交通事故も5度目の舞台に舞い戻る不屈の72歳

2020年06月26日 11時00分

【Rstart パラヒーローズ その壁を乗り越えろ(7)】若手に席を譲るつもりはない。パラ卓球の別所キミヱ(72=ドマーニ卓球クラブ)は、70歳を超えても第一線でプレーを続けている。東京パラリンピック出場に暗雲が垂れ込めながらも、諦めずに5度目の晴れ舞台を目指すバタフライマダムに今の思いを聞いた。

 2016年のリオ大会では5位入賞を果たしたが、その後は苦しい日々が続いた。18年には2度交通事故に遭うと、翌年には座骨を骨折。さらに、新型コロナウイルスの影響で、ここ数か月間は満足な練習が積めていない。

 しかし、意外にも別所は「自分を振り返ることができたし、自分を見つめ直す時だし、そういういろんなことを考えさせてくれる時間だった」と前を向いている。なぜなら、長い人生の中で幾度もの難所を乗り越えてきたからだ。

 42歳のころに仙骨巨細胞腫を発症。手術は無事に成功したものの、両脚にまひが残り、車いす生活を強いられた。失意に明け暮れる中、軽い気持ちで始めた卓球が人生を180度変えた。56歳で04年アテネ大会に初出場を果たすと、リオ大会まで4大会連続でパラリンピックの舞台に立った。

 その間も「1年近く卓球をしていないときもあった」と壁にぶつかりながらも好成績をマークしてきた。だからこそ、今の状況でも「昔の経験が免疫になっている気がする。普通だったら1~2週間休んだら感覚が変になるけど、そういうのはあまりない」と気にしていない。

 昨季はケガが完治しないまま試合に出るなど、満身創痍の状態だった。ところが、東京大会の1年延期が決まったことで、再び調整期間が生まれた。大舞台の切符を手にするには、来年の世界最終予選で結果を残す必要がある。「今はそこに向けて頑張るしかないので、優勝することしか考えていない」

 前回の東京大会(1964年)は、テレビで眺めていたという。今度は自分が東京の舞台に立つために。大ベテランが歩みを止めることはない。

 ☆べっしょ・きみえ 1947年12月8日生まれ。広島県出身。45歳で卓球を始めると、持ち味である精度の高いショットを武器に、一躍日本のトップ選手へ成長。4大会連続の大舞台となった前回のリオ大会では、日本人選手最年長出場記録(当時68歳)を更新した。「バタフライマダム」という愛称は、鮮やかなチョウの髪飾りがトレードマークになっていることから名付けられた。最近は脳トレも兼ねて、約18年ぶりに漢字検定の勉強を開始するなど、ユニークな自宅トレーニングにも励んでいる。