【パラヒーローズ】パラテコンドー・太田渉子 夏季・冬季Wメダル視野に駆け抜ける!

2020年05月08日 11時00分

笑顔でポーズを決める太田

【Restart パラヒーローズ その壁を乗り越えろ(1)】東京パラリンピックの延期が決まってから約1か月半が経過。多くのパラアスリートが再出発を決意し、新たな一歩を踏み出した。そこで、本紙は新連載「Restart パラヒーローズ」で来夏へ向けて奮闘する選手などを紹介。第1回はパラテコンドー女子58キロ超級の代表に内定している太田渉子(30=ソフトバンク)にパラリンピックへの思いを聞いた。

 今夏に照準を合わせて練習に取り組んでいた時に飛び込んできた「大会延期」のニュース。それでも動揺することなく「何よりも大切なことは、私たちアスリートだけではなく、世界中の人々の安心、安全、健康だと思う」と理解を示した。

 太田といえば、冬季パラリンピックのスキーで2つのメダルを獲得し、2014年のソチ大会では日本代表の旗手を務めたパラスキー界屈指のスター選手。同年4月に現役引退してからは「会社員として働きながら、自分の趣味などをいろいろ見つけたりしていた」と第2の人生を歩んでいた。

 しかし、神様は太田に運命のいたずらを仕掛けた。18年1月、テコンドーの全日本選手権に初めてパラの部が創設。当初は趣味の一環でテコンドーを始めていた太田の心を動かした。東京パラリンピックまで2年半。「(全日本で)優勝した選手が強化指定選手になるっていうのが見えていたので、どうせやるんだったらしっかりやりたい」。本格的に挑戦することを決断すると、仕事後に練習場へ直行し、夜遅くまでトレーニングに励む日々が始まった。

 努力は実を結び、19年の世界選手権では銅メダルを獲得。パラリンピックの夏季・冬季ダブルメダリストの歴史的快挙が視界に入ってきた。「スキーだと前に進むことしかなかったので、後ろに下がったり、ターンで体を回転させる動きが苦手かな」と課題を冷静に分析し、さらなるレベルアップを目指している。

 大会後には「自分のボードを購入して、冬はたくさん遊びに行きたい」とスノーボードを楽しむ姿を思い描いている。そのためにも、延期となった大一番に向けて鍛錬を怠らない。「積み重ねてきたものをより高く積み上げていき、最高の舞台で最高の試合ができるように頑張りたい」。無邪気に笑うヒロインは「扇のデザインがかわいい」という東京大会のメダル獲得を狙い、最後まで我が道を駆け抜ける。

 ☆おおた・しょうこ 1989年7月27日生まれ。山形県出身。先天性の左手指全欠損を患いながらも、小学校3年でスキーを始めた。冬季パラリンピックに3大会連続出場し、2006年トリノ大会では距離スキーで銅、10年バンクーバー大会ではクロスカントリーで銀メダルを獲得。パラテコンドー転向後は、スキーで培ったバランス感覚を武器に、国内外の大会で好成績をマークしている。164センチ、58キロ。