【パラヒーローズ】車いすテニス・三木拓也 事故も開催延期も乗り越え頂点を目指す!

2020年03月27日 11時00分

三木拓也

【東京2020 パラヒーローズ 見据える先に描く夢とは(8)】悲願達成なるか。車いすテニスの三木拓也(30=トヨタ自動車)は、中堅からベテランの域に差しかかっても「まだまだ伸びしろはある」と不敵な笑みを浮かべている。来年に延期されることとなった東京パラリンピックに向け、病気や大ケガに打ち勝ち、テニスにすべてをささげ続ける男の生きざまに迫った。

「テニスにかかわる仕事をするために体育大学へ進学したい」。大好きなテニスに明け暮れていた高校3年の秋、三木を悲劇が襲った。足のがんといわれる骨肉腫を発症したのだ。腫瘍を切除する手術は成功したが、人工関節が入った左足は満足に動かなくなった。「もうテニスができない」とリハビリも手につかない日々が続いた。

 自暴自棄になっていた三木を救ったのは、車いすテニス界のレジェンド・国枝慎吾(36=ユニクロ)の存在だった。当時の主治医が北京パラリンピックの決勝で躍動する国枝の映像を見せると「テニスまだできるじゃん」。目標に向かって自分を出し切る国枝の姿を見て、車いすテニスへの挑戦を決意した。

 再びテニスへの道を歩みだした三木は、国枝の誘いもありパラリンピックを目指すようになると、23歳でロンドン大会出場を果たした。

 続くリオデジャネイロ大会では、ダブルスで4位入賞。メダルこそならなかったものの「前に進んでいるっていうのをものすごく実感できた」と2度目の大舞台で手応えをつかんだ。

 だが、神様はまたしても三木に試練を与えた。2017年11月のオランダ遠征時、移動用バスの車いす用スロープのシャフトが折れる転落事故に巻き込まれたのだ。ケガが完治しても原因不明の腰痛に悩まされ「引退しないとだめなのかな」と考えるほど追い詰められた。それでも、半年後に原因が分かったことで容体は回復。18年シーズンは棒に振ったが、19年は「成績的には今までのキャリアで一番勝てた」と一回り成長を遂げてコートに帰ってきた。

 目前に迫っていた大舞台は来年に延期となったが「金メダルを目指してやりたい」と気合は十分。数々の壁を打ち破ってきた苦労人は、東京の舞台で満開の花を咲かせるつもりだ。 

 ☆みき・たくや 1989年4月30日生まれ。島根県出身。幼少期から活発で、小学校ではサッカー部で活躍。中学校で本格的にテニスを始めると、高校時代にはインターハイの県予選で準優勝を果たす。車いすテニス転向後は、2大会連続でパラリンピック(ロンドン、リオ)に出場。東京大会の切符もほぼ手中に収めている。趣味は風景写真を撮影することで、休日には富士山に写真を撮りに行くことも。173センチ、67キロ。