東京五輪の「延期論」が一気に盛り上がっている。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、これまで国際オリンピック委員会(IOC)、大会組織委員会は一貫して「通常開催」を主張してきたが、この状況に業を煮やした各組織団体の幹部らがついに「延期」を声高に叫び始めたのだ。その一方で“主流派”に目をつけられることを恐れ、いまだに意見を言えない存在も…。その発言や見解は一種の“踏み絵”と化しているという。延期論争の裏側に迫った。

「ド正論ですよ。リスクを背負って言ったのは素晴らしいです」

 東京五輪開催の是非を巡って「開催派」「延期派」の二極化が進む中、ある競技団体の幹部は本紙にこう漏らした。「ド正論」をぶち上げた人物とは、日本オリンピック委員会(JOC)理事で元柔道世界女王の山口香氏(55)と日本ボクシング連盟の内田貞信会長(47)を指す。

 歯に衣着せぬ発言で知られる山口氏は「私の中では延期しないで開催するという根拠が見つからない」「スポーツ界が胸を張って『五輪をやれる』とは言えない状況」と主張。2013年の暴力・パワハラ問題など、これまで柔道界で騒動が起こった際にも、真っ先に発言の口火を切ってきた“女三四郎”の「延期論」に対し、JOC内部から「さすが。山口さんらしい」と絶賛する声が湧き起こった。

 これに対し、JOCの山下泰裕会長(62)は「さまざまな考え方や意見があることは理解しているが、安全、安心な形で東京大会の開催に向けて力を尽くしていこうという時。一個人の発言であっても極めて残念」と不快感を示した。IOCからも、山口氏の発言について真意の確認があったという。

 この直後、今度は内田会長がボクシング代表選手発表会見の場で「私個人の意見」と前置きした上で「選手がベストな状態でできるほうが五輪としてふさわしい。もし平等に力を発揮できるなら1年延期がベスト」と発言。個人的な見解とはいえ、国内競技団体のトップが初めてハッキリと「延期」を口にした。

 両者の発言を「ド正論」と見るかどうかは別として、冒頭コメントの「リスク」とは何か? 前述の関係者は「今のJOC執行部は山下会長を筆頭に保守的すぎる。そして周りは自分の立場を気にして、そこから外れるのが怖くて言いたいことを言えない。本当に情けないですよ」。

 山下会長といえば「活発な議論」を旗印にJOC理事会のメディア非公開を掲げて話題となった。そうした改革の一方で、関係者には“保身目当て”で保守的な発言が多いのが実情だという。さらにこの図式はIOC組織内にも当てはまる。先日、トーマス・バッハ会長(66)と各国際競技連盟(IF)が電話会議を開き、開催の方向で全員一致。この件についてIOC内部に精通する関係者は「IFの会長たちはIOCから莫大な補助金をもらっている。反対なんて絶対に言えない」と説明する。つまり東京五輪における「開催」「延期」の意見は、組織内ではまさしく“踏み絵”となっているようなのだ。

 JOCの反発を恐れずに「ド正論」を掲げた内田会長は本紙の直撃に「ちょっと言い過ぎたかな…。あくまで個人的な意見ですから」と念を押した。いずれにせよ山口氏と内田会長の発言をきっかけに、今まで黙っていた「延期派」が追随する可能性は高い。

 すでに世論は「延期」に傾く。IOCバッハ会長まで「もちろん違うシナリオは検討している」と話す中で、国内の運営側も一気に“潮目”が変わりそうな予感が漂っている。

【「改革派」の側面を持つ2人】1年延期を声高に主張した山口氏、内田会長はともに「改革派」の側面を持つ。

 山口氏は2013年に女子柔道の暴力・パワハラ問題を告発した選手をサポートしたことで知られる。筑波大大学院教授としてスポーツマネジメントの講義を行う一方、女性アスリートの地位向上を推し進めてきた。昨年の日本テコンドー協会の“お家騒動”の際には外部有識者による検証委員会に名を連ねた。同協会関係者によると「珍しく核心に切り込むことはなく、終始おとなしかった」と言うが、今回の発言には「これぞ山口さんの真骨頂。本来の姿が戻ってきた」と評価する。

 内田会長はご存じ、山根明前会長(80)の後任として知られる。助成金の不正流用や不正判定、パワハラに関与した山根前会長の後を引き継いで日本連盟の立て直しに尽力。18年には長らく日本プロボクシング協会との間にあった“プロアマの壁”を撤廃すべく「第1回プロアマ連絡協議会」を開催。ボクシングが東京五輪競技から除外危機に陥った際には、署名活動や決起集会を先頭に立って行った。

 今回のリスクを恐れぬ発言について「体制派に嫌気が差したのだろう」と推測する声もある。