【パラヒーローズ】柔道・半谷静香 東京開催は「最高の恩返しの場」

2020年03月13日 11時00分

飛びっきりの笑顔で大舞台に思いをはせた半谷

【東京2020 パラヒーローズ 見据える先に描く夢とは(6)】視覚障がい者柔道女子48キロ級の半谷静香(31=エイベックス)は、数々の壁にぶつかりながらも着実に進化を遂げ、昨年12月の全日本視覚障がい者柔道大会で優勝を果たした。開幕まで半年を切った東京パラリンピックでも金メダルが期待される日本の女王が、今の思いを語ってくれた。

 柔道を始めたのは中学1年の春。体を動かすことは得意でなかったが「部活に入らないといけない学校だった」と仕方なく「兄がやっているので、(私でも)大丈夫じゃないかな」と兄と同じ柔道部の門を叩いた。

 しかし、現実は甘くなかった。生まれつき弱視だった半谷は「柔道が何も分からなくて、先生の教えてくれる内容も見えなかった」と大苦戦。それでも「やめるってことを言うのが性格的に好きではないので」と負けず嫌い精神を発揮し、中高6年間健常者と一緒に柔道を続けた。

 転機が訪れたのは大学に入ってからだ。「先輩の勧めで始めました」と視覚障がい者柔道に出会うと、才能が開花。試合の中で組み手争いは大きなハンディだったが、視覚障がい者柔道はお互いが組んだ状態で試合を始める。「技をかけるために必要な柔道の工夫ができるようになった」と楽しさを見いだし、国内外の試合で好成績を残すようになった。

 だが、2011年3月11日。故郷の福島県を未曽有の大震災が襲う。大学卒業前ということもあり「大学も出ないといけないし、家にも帰れないし、行き先もない」と途方に暮れた。そんな時、関係者がバルセロナ五輪男子95キロ超級銀メダルの小川直也氏(51)の主宰する小川道場(神奈川・茅ヶ崎市)を紹介してくれた。世界の舞台を知る“暴走王”の教えは半谷に大きな影響を与えた。「オレは金メダルを目指していても2番にしかなれなかった。1番になりたいなら、圧倒的な1番を目指せ」。この言葉を聞いて覚悟は決まり、より柔道へ情熱を注ぐようになった。

 過去2度出場したパラリンピック(ロンドン、リオ)では、メダルを逃した一方で「負けてしまったけど(世界のトップと)そんなに離れていないのでは」と手応えをつかんだ。東京大会に向けては、エイベックスのサポートを受けながら、コツコツと練習に励んでいる。

 間近に迫った運命の大一番は、地元開催だからこそ「最高の恩返しの場」。ホームならではの重圧も「どんな柔道をしたいっていうよりも、私らしく柔道をする。粘り強く試合を戦うために、何ができるかって考えることで重圧を乗り越えていきたい」と気合十分。応援を力に変え、ヒロインが金メダル街道を突っ走る。

 ☆はんがい・しずか 1988年7月23日生まれ。福島県出身。網膜色素変性症を患いながらも、ロンドンパラリンピックで7位、リオパラリンピックでも5位と、2大会連続で入賞。2017、18年のW杯では銅メダルを獲得した。最近は忙しい練習の合間を縫って、ウクレレを弾くことにハマっている。好きな言葉は、シドニー五輪女子マラソン金メダルの高橋尚子さんの座右の銘である「何も咲かない寒い日は下に下に根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」。156センチ、48キロ。