【パラヒーローズ】パラカヌー・瀬立モニカ 金取って「障がいなんて関係ない」日本中に発信したい

2020年02月28日 11時00分

瀬立はパラリンピックのチケットを手に笑顔

【東京2020 パラヒーローズ 見据える先に描く夢とは(4)】パラカヌー日本代表の瀬立モニカ(22=江東区カヌー協会)が東京パラリンピックの「スマイルヒロイン」を目指している。悲願の金メダル獲得、そしてもう一つの目標を実現させるために奮闘中だ。(随時掲載)

「スポーツができないっていう環境に初めて直面して、得意だったスポーツがいきなり不得意になって、みんなよりもできない、成績も悪いという立場になって、それが一番悔しかったというか悲しかったですね」

 高校1年の夏、体育の授業で倒立前転に失敗。体幹機能障害を患い、車いす生活を余儀なくされたが「自分に起こった出来事なのに、人ごとのような感覚を持っていました」となかなか現実を受け入れられなかった。

 そんな時、母キヌ子さんの「笑顔は副作用のない薬だよ」という言葉に救われた。瀬立は「つらいことで自分が落ち込んでいたら誰もいなくなっちゃう。つらいけど、常に前向きに笑顔でいることでいろんな人が助けてくれて、それが結果的に自分を助けてくれて、いい方向に導いてくれる人たちが周りについてくれる」と話す。

 日ごろ笑顔を心掛けるようになると、導かれたかのように東京・江東区役所から一本の連絡が入った。「パラカヌー、できませんか?」。東京パラリンピック開催が決まったことで地元からパラアスリートを発掘しようという区の事業が始まり、カヌー経験者の瀬立に白羽の矢が立ったのだ。

「パラリンピックがあったからこそ、その事業があったわけで、その事業がなければ、声をかけてもらえなかったと思います」。パラカヌーに取り組んだ瀬立は、カヌー復帰から2年足らずで、リオパラリンピックで8位入賞。東京では一気に金メダル候補へと成長を遂げた。

 いよいよ半年後に迫った大一番を前に「スポーツの楽しさやこれだけ自信を持って、社会に出て行っていいんだよってことをいろんな人に伝えたい。自分が競技をすることで人に夢や希望を与えられる人間になりたいです」と意気込む。大ケガの直後は外に出たくないと思うほど落ち込んだこともある。だからこそ表彰台の頂点に立って、障がいなんて関係ないんだぞ、と日本中にメッセージを発信してみせる。

☆せりゅう・もにか 1997年11月17日生まれ。東京・江東区出身。中学からカヌーを始めたが、高校1年の夏に体育の授業でケガを負い、体幹機能障害を患った。懸命なリハビリを経て、翌年にはパラカヌー選手として復帰。昨年の世界選手権では5位入賞(女子KL1)を果たし、東京パラリンピックの出場権を獲得した。「モニカ」の名前は、母親のクリスチャンネームにちなんでつけられた。167センチ。