2020年東京五輪マラソン・競歩会場の移転問題で、国際オリンピック委員会(IOC)調整委員会最終日の1日、IOC、大会組織委員会、東京都、日本政府による4者協議が都内で開催され、正式に札幌開催が決まった。かねて東京開催に執着してきた東京都の小池百合子知事(67)は「合意なき決定」としながらもIOCの決定を承諾。とはいえ現場の選手サイド、移転先の札幌側からは「戸惑い」や「不安」の声が多数出ており、五輪史上初の競技移転には決して歓迎とは言えないムードが広がっている。

 約半月にわたって論議になった東京五輪マラソン・競歩の移転問題は正式に「札幌開催」という形で決着した。根底にあるのは8月の猛暑を懸念しての「アスリートファースト」。だが、肝心の選手、強化スタッフらの現場サイドからは不満の声が聞こえている。

 この日、福岡市内で取材に応じた瀬古利彦マラソン戦略強化プロジェクトリーダー(63)は「ずっと東京ありきでやってきたので不本意」と不満顔。「選手たちは不安でいっぱいだったと思う。騒ぎはこれだけにしてほしい」とアスリートを思いやった。9月の代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」で1位となり五輪切符をつかんだ中村匠吾(27=富士通)は「東京開催に向けて多くの方々が準備を重ねてきたので複雑な思いがある」。日本陸連の横川浩会長(72)も「複雑な思いを禁じ得ない」とコメントした。

 選手は東京開催を想定して万全の対策を練ってきた。MGCを走ったことは大きなアドバンテージとなるはずだったが、今回の変更でその利点は失われた。しかも、終盤に急坂が続く東京と比べて、札幌は比較的平坦。圧倒的なスピードを誇るアフリカ勢が力を発揮できる高速レースになる可能性も高まる。

 MGC2位の服部勇馬(25)を指導するトヨタ自動車の佐藤敏信監督(57)は「多少(スピードへの)対策もする」。ただ、札幌でも夏は気温30度を超えることが多く「(暑さ)対策がまるっきりチャラになることはない」とし、練習の基軸は継続する方針を示した。前田穂南(23)が所属する天満屋の武冨豊監督(65)は「東京のコースをイメージしてきた選手には、新国立競技場でゴールする感動が残せないのは残念」と心情的な部分にも触れたが「札幌に決まった以上、悔いのない走りができるように全力で取り組んでいきたい」と気持ちを切り替えた。

 これに加え、開催が決まった札幌サイドも皆が歓迎ムードというわけでもない。特に真夏の札幌「2大恒例行事」を楽しみにする札幌市民からは戸惑いの声が絶えない。まずはJRAの札幌競馬だ。すでに来年は7月4週目(25、26日)から9月1週目(5、6日)の開催が決まっており、マラソン開催日の8月9日はGⅢ「エルムS」と丸かぶり。JRA広報は「今の段階でお話できることはありません」としているが、正常に開催できるか否かは未知数だ。夏競馬を楽しみにする競馬ファンは穏やかではないだろう。

 さらに札幌市民からは国内最大の「さっぽろ大通ビアガーデン」の開催を危ぶむ声が噴出している。毎年7、8月に連日1万3000席が埋まり、約100万人を動員するイベントは大通公園(札幌市中央区)で開催。同実行委員会は「来年も行う方向で考えている」と言うが、仮にマラソン発着地点となれば通常営業は不可能だろう。マラソンの札幌開催の可能性が発表された直後からSNSでは「やめてくれ」「憩いの場を壊すな」の声が相次いだほどだ。

 東京、札幌だけでなく、日本全国が振り回された前代未聞の移転劇。本番まで残された時間は9か月しかない。