【「令和」に刻む東京五輪 気になる人をインタビュー】東京五輪まで残り1年を切り、大会に向けて機運が高まる中でアスリートも気合十分だ。本紙連載「『令和』に刻む東京五輪」の第9回は男子走り高跳びの戸辺直人(27=JAL)が登場。2月に2メートル35をマークし、13年ぶりに日本記録を更新したハイジャンパーは世界選手権(27日開幕、カタール・ドーハ)に照準を合わせて調整を続けている。その素顔はかなりの「理論派」だ。大学院生として博士論文を制作した際には、“億単位”に迫るほどお金のかかる大がかりな研究に取り組んでいたという。

 ――五輪まで1年を切った

 戸辺:東京に決まった日(2013年9月8日)のことは明確に覚えていて、大学4年の日本インカレ(大学選手権)の試合があった。朝、テレビで「TOKYO」という映像がニュースに流れていて「おぉ、決まったな」と。昨日のように思い出すけど、いよいよ1年前になってしまった。

 ――もともとは走り幅跳びの選手だった

 戸辺:陸上を始めたのは小学4年。5年のとき、幅跳びの動きを見ていた当時の顧問の先生が「高跳びもやってみないか」と勧めてくれたことがきっかけ。同じ「跳ぶ」でも、高跳びで初めて感じた浮遊感というか無重力感、一瞬重力から解放されるような感覚が僕は好きだった。それをずっと追い求めて、今まで高跳びを続けています。

 ――筑波大では“自主性”に魅力を感じた

 戸辺:筑波大陸上部は自分で(練習)メニューを考え、自分でやるというスタイルが伝統。進学した理由の一つはそこにすごく魅力を感じて、それがずっとやりたくて筑波大に行った。そして大学院に入ってからは走り高跳びの研究も始めた。

 ――研究とは

 戸辺:大学に入ってから、将来は陸上を仕事にして生きていくイメージができていた。ただ、そうなるには「誰よりも走り高跳びのことを知っていないといけないのでは」と考えたのが出発点。より高く跳ぶには何が必要か考えたときに、自信を持って言えることがあまりなかった。そこから走り高跳びにいろいろ疑問を持つことから始めて、研究で実際にどうなのか調べていった。

 ――競技者の助走、踏み切りなど数多くの跳躍動作のデータを採集し、実際に自身で体現。どう記録(数値)に反映されるかを博士論文でまとめた

 戸辺:研究の一番の利点は技術もそうだけど、トレーニングを考えるうえで引き出しが増えること。きちんとしたトレーニングをするには理論立てて、走り高跳びを自分の中で体系化して捉える必要があると思った。自分の考えを整理できたという意味ではよかったのかな。

 ――大がかりな研究になったことも

 戸辺:(データの計測には)1台300万円する赤外線カメラを30台も使ってお金をかけて…(苦笑い)。さらに、精密機械なので台車では運べない。台車に乗せると少なからず振動で機械の精度が落ちてしまうので、全部を手で運ばないといけなかった。実験には研究室、陸上競技部の後輩、他の研究室からも人手を借りたり、いろんな人に協力してもらった。多いときは40人くらい。いろんな実験があるけど、中でも大規模な実験をやってしまったので、人がたくさん必要だった。

 ――天候にも悩まされた

 戸辺:雨に濡れると全部ダメになる。だから、できるだけ雨予報を避けてやっていたけど、カンカン照りの日もできない。赤外線カメラは光の反射を認識するので、太陽光が明るいといろんな反射を拾ってしまう。曇っている日じゃないとデータの取り込みが思うようにできないので、曇りかつ雨が降らない日を探すと、やっぱり雨が降ることもあって、てんやわんやだった。

 ――研究の成果もあり日本新となる2メートル35を記録。次は世界選手権を控える

 戸辺:今年は世界選手権でどこまで結果を残せるかというのが最大のテーマ。大舞台に向けて調整するのは簡単なことではないので、来年の五輪で結果を残すための“予行練習”として世界選手権への準備は大事。五輪では金メダルを取りたいと思っているし、それを目指せる記録を持っている。ここから一年が本当の勝負なので、最高の状態で本番を迎えられるようにしたい。

【難度高い】戸辺の研究には赤外線カメラ以外にも「フォースプラットフォーム」という装置が導入され、跳躍動作の踏み切りの際にどのような力が加わっているのかを測定した。また、踏み切る足の後傾角度や跳躍後バーに対して内側に倒れる(内傾)など多岐にわたるデータを競技者7人から採取したという。技術的、体力的な要因を探りながらも結果(跳躍の高さ)と結びつかないこともしばしばあったことから、非常に難度の高い研究だったことがうかがえる。

【金も射程】戸辺は2月に2メートル35で日本記録を更新したが、男子の走り高跳び世界記録はハビエル・ソトマヨル(キューバ)が出した2メートル45。ソトマヨルはこの記録を1993年7月にマークしており、実に26年も破られていない。一方、2016年リオ五輪ではデレク・ドルーイン(カナダ)が2メートル38で金メダルを獲得。銀メダルのムタズエサ・バルシム(カタール)が2メートル36で、戸辺の2メートル35は銅メダルに相当する。戸辺が目標とする2メートル40を跳べば、東京五輪ではもちろん金メダル候補だ。

☆とべ・なおと 1992年3月31日生まれ。千葉・野田市出身。専大松戸高3年の国体を高校新記録となる2メートル23で優勝。筑波大大学院では走り高跳びを研究テーマに、人間総合科学研究科体育学専攻の修士論文を制作し、さらに同科コーチング学専攻の博士論文を執筆。博士論文を提出した直後の今年2月には、ドイツで行われた室内大会で日本記録を13年ぶりに更新する2メートル35をマーク。6月の日本選手権は4年ぶりに制覇した。目標とする記録は2メートル40。194センチ、74キロ。