葛西が平成を回想「素晴らしい道を歩ませてもらえた時代」

2019年04月30日 16時30分

メダル獲得に大喜びの葛西(2014年2月)

 平成の五輪では夏季、冬季を通じて多くのドラマがあった。あまたのヒーロー、ヒロインが生まれた中で、本紙読者の心を揺さぶった選手にご登場願おう。ノルディックスキー・ジャンプ男子で冬季史上最多の8大会連続出場を果たした“レジェンド”葛西紀明(46=土屋ホーム)が平成を回想した。

 葛西は現役ジャンパーとして飛び越えた平成を「すごく内容の濃い、そして素晴らしい道を歩ませてもらえた時代」と回顧した。

 W杯のデビューは昭和から平成に移った1988―89年シーズン、16歳6か月で当時の史上最年少記録だった。翌シーズンから本格的に参戦して五輪初出場は92年のアルベールビル大会。ここでは成績は振るわなかったが、94年リレハンメル五輪はノーマルヒルで5位入賞、団体では銀メダルを獲得。そして98年の長野五輪では国内開催とあって個人でのメダルを期待されたものの、右足首捻挫のアクシデントもありノーマルヒルは7位入賞、“日の丸飛行隊”が感動の金メダルを獲得した団体には出場できなかった。

 ただ、多くの困難と向き合いながらも2002年ソルトレークシティー、06年トリノ、10年バンクーバーと常に第一線を走り続けてきた。そして夏季、冬季を通じて史上最年長で日本選手団主将を務めた14年ソチ五輪で、ついに花が開いた。ラージヒル個人で銀メダル、団体では銅メダル獲得に貢献。「冬季五輪最多出場」「冬季五輪スキージャンプ最年長メダリスト」などでギネス記録に認定され、名実ともに“レジェンド”になった瞬間だった。

 その間に、これまで一緒に日の丸を背負ってきた原田雅彦氏(50)、岡部孝信氏(48)らが引退。しかし、46歳の葛西は「原田さんだったり、岡部さんが道をつくってきてくれた。これからは僕が『まだできるんだぞ、もっともっとできるんだぞ』という道をつくっていきたい」と、まだまだ現役を終えるつもりはない。

 昨年の平昌五輪で8大会連続出場になったが、メダル獲得とはいかず「令和になってからは新しい記録、伝説をつくっていきたい」ときっぱり。レジェンドは49歳で迎える令和の22年北京五輪でも当然、悲願の金メダルを狙う。