【馬術】法華津79歳2020五輪への道 スーパーレジェンド最後の挑戦に追い風

2019年03月08日 16時30分

東京五輪出場への思いを語る法華津

 世の“じいちゃん”に夢を与える大記録が現実的になった。日本馬術連盟は7日、都内で理事会を開き、2020年東京五輪の日本代表選考基準を決定。この選考内容の恩恵を受けそうなのが1964年の東京五輪にも出場した“生きる伝説”法華津寛(ほけつ・ひろし=77)だ。選考レースを勝ち抜けば、史上最高齢79歳で五輪出場というとんでもない記録を樹立する。そんなスーパーレジェンドが語る、人生最後の大勝負に臨む心境と具体的なビジョンとは――。

 世界に誇る長寿国ニッポンにとって、これほどワクワクする話はない。今月28日で78歳になる法華津は現在、家族と離れてドイツ・アーヘンで馬術修業中。「人生100年時代」とはいえ、サラリーマンでもとっくに現役を退く年齢だが、五輪出場への意欲は全く衰えていない。

 法華津は1964年東京五輪に23歳で初出場。その後はデューク大学へ留学し、製薬会社の社長にまで上り詰めた。定年退職後に2008年北京五輪で44年ぶりに五輪出場を果たし、12年ロンドン五輪にも出場。東京からロンドンまでの期間が史上最長となり、ギネスにも認定された。

 最高齢記録がかかった16年リオ五輪はパートナーの馬が体調不良のため断念したが、来年の代表選考レースを勝ち抜いて2度目の東京五輪出場となれば、1920年アントワープ五輪の射撃に出場したオスカル・スバーン(スウェーデン)の72歳10か月を大幅に更新する大記録。さらに同一都市大会2回出場、出場期間の最長記録更新など世界的な記録ラッシュとなり、複数のギネス認定は間違いない。

 2月初旬、ロンドン五輪以来6年半ぶりの実戦となるドイツ国内の大会に出場した法華津は、本紙の取材に対して「成績は大したことなかったけど、久々に出て人間(自分自身)は問題ないと思った。あとは馬がどう進歩するか。来年までに4、5回くらいローカル大会で使って、いけそうならオリンピックはかなり現実的な話になる」と今後のビジョンを口にした。

 パートナーは14歳のセン馬、「ザズー」号だ。前述のドイツ国内大会はザズーにとって初の本番競技だったが、5年以上も練習を積んだ人馬のコンビネーションは上々。来年の東京五輪には「ザズー以外の馬で出るつもりはない」と愛馬と心中する覚悟だ。

 大記録挑戦への道のりも明確になった。まずは来年5月までに国際馬術連盟公認大会で一定の成績を収めて「出場最低基準」をクリアする必要がある。その次が国内での代表争いだ。日本は障害馬術、馬場馬術、総合馬術の3種目でそれぞれに3枠の「開催国枠」を持っている。

 馬場馬術の枠を狙う法華津は前述の基準をクリアした上で、来年1月1日から5月24日まで3回の競技成績の平均で上位4人馬までに入ることが条件。代表候補4人馬は来年6月2~7日の最終選考の大会に派遣されて代表3人馬とリザーブ1人馬が決まるが、その最終選考の場がなんと「ドイツ・アーヘン」で開催する国際競技会に決定したのだ。

 法華津が10年以上も居住し、練習している“ホームタウン”だけに、これ以上の追い風はないだろう。「昔から名前でよくからかわれたよ」と苦笑する法華津だが、ここは何としても“補欠”ではなく、代表を勝ち取って大記録を達成したいところ。

 この日、理事会に出席した木口明信常務理事(64)は「79歳で出場となれば本当にすごいし、素晴らしいこと。馬術は他の競技にくらべて高齢でもやれる。障害というより“生涯”スポーツ。法華津さんにはぜひ、頑張っていただきたい」とエールを送る。

 世界から注目を集めるスーパーレジェンドは「出られても、出られなくても、これが最後。もう辞めます」と、来年で60年の競技人生に終止符を打つことも明言。人生を懸けた最後の戦いがいよいよ始まる。