【独占インタビュー・前編】2020年東京五輪の成否は――。1964年の東京五輪にサッカー男子代表として出場したスポーツ界の重鎮・川淵三郎氏(82)が本紙の独占インタビューに応じた。前編では、東京五輪が来年に迫る中で、五輪組織委員会評議員会議長として世界に“公約”とした「お・も・て・な・し」の現状を疑問視。自身が関係するスポーツ団体についても言及し、メダル予想とともに本大会で期待する、さらには不安な競技にも踏み込んだ。

 ――東京で2度目の五輪開催となる

 川淵氏:1964年に開催された五輪に(サッカー男子で)出場できたのは、この上ない名誉なことと感激したね。普通の五輪よりもうれしさは倍増した感じがしていたし、友人たちも喜んでくれた。再び東京で開催されるのは「あり得ない」と思っていたけど、実現した。本当に素晴らしいことじゃないかな。

 ――評議員会議長として現状はどうか

 川淵:うーん。東京都知事が小池百合子さん(66)に代わってから、五輪施設など(の建設や整備)が停滞していて築地(市場の移転)問題でも道路が…ね。ちょっと無駄な2年間だったと、ある種の怒りも感じていたが、日本人の勤勉さがあれば間に合うだろう。

 ――ほかにも運営面の不安はあるか

 川淵:私たちが思う以上に、世界は日本に大きな期待をしているからね。たとえばバリアフリーも、どこまで整備できるか。ほかにもサービス精神が不足していると感じる。特に道路標識なんかはまだまだ。いろいろとやっているようだけど、私に言わせればまだ足りない。3000万~4000万人の外国人が訪れるのに、英語ではなくローマ字表記が多く、文字も小さい。不思議で仕方ない。あれで車を運転する人に文字が見えるのか。世界に対して「おもてなし」をすると言ったのに、どうなのかね。

 ――トップリーグ連携機構の会長としては

 川淵:もともと森(喜朗=81、五輪組織委会長)さんが多くの関心を集めるボールゲームで日本が勝てていないということで、トップリーグ連携機構をつくって各リーグを強化しようと始まった。ロンドン五輪でサッカー女子が銀メダル、バレーボール女子が銅メダルを取ったが、リオデジャネイロ五輪はなし。それじゃダメなんだ。ソフトボールが復活してくれたのは朗報だ。

 ――メダル目標は

 川淵:五輪には7競技男女13の代表が出る予定だが、少なくとも5つはメダルを取りたい。ソフトボールは「もう絶対に」というくらいに確実だろう。あとはサッカー男子。少なくとも(68年メキシコ五輪以来となる)銅メダルは欲しい。会長の立場としても(出身団体の)サッカーでメダルは絶対。女子(なでしこジャパン)のほうは厳しいと思うが、期待したい。あとはホッケー女子、バスケットボール女子、(7人制)ラグビー(男女)か。

 ――注目する競技

 川淵:意外に良いのはホッケー。これまで日本代表でも海外遠征はもちろん、国内合宿でも選手は(費用の)自己負担を強いられていたけど、スポンサーが見つかって(遠征費などは)協会が面倒見ることになった。損保ジャパン日本興亜さまさまだ。それに外国人の監督を公募したところ、男女とも外国人に決まったが、ジャカルタ・アジア大会でいきなり男女とも金メダルを取った。ちょっと環境が変わっただけで成績が出るなんて…。ちょっと驚きだった。

 ――心配な競技は

 川淵:少し問題なのはバレーボール。女子は中田(久美)監督(53)が頑張っているけど、男子はずっと成績が出ていない。強くするにはバレー界が変わらないといけない。私に権限はないが、トップリーグ連携機構の会長として会議の席でも「口出しすることではないけど、強くするには外国人監督が必要」と言ったんだ。

 ――監督が代わると選手意識も変化する

 川淵:そうなんだよ。まったく結果が出ない中、2年ごとに会長が代わって、2年ごとに強化責任者も代わる。それで強くなれるのか。だいたい、世間の人々も日本バレーは「強い」って誤解しているんだよ。決して世界の強豪国ではないんだけどね。

 ――エグゼクティブアドバイザーを務めるバスケ男子について

 川淵:唯一、五輪の開催国枠をもらえていないんだよ。最悪は親しくしていた(国際バスケットボール連盟の)バウマン会長(事務総長)に頼めば…と考えていたが、(昨年10月に)亡くなったのは本当にショック。とにかく(五輪出場の条件となる)W杯に出ないと…。今、予選を戦っているが、八村(塁=20、米ゴンザガ大)、渡辺(雄太=24、NBAメンフィス・グリズリーズ)と有望株が出てきた。これまで未勝利のオーストラリアとイランに勝ち、評価してくれる人もいるので出場を認めてもらいたいところだ。(後編に続く)

【男子バレーの低迷】バレーボール男子代表は1992年バルセロナ五輪で6位入賞を果たすも、その後は2016年リオ五輪までの6大会で、本大会出場は08年北京五輪(11位)だけと低迷が続いている。昨年9月の世界選手権では1次リーグで2勝3敗と過去最低の成績で敗退。中垣内祐一監督(51)の解任論も浮上したが、結論を一任された日本バレーボール協会の嶋岡健治会長(69)の意向で東京五輪に向けて続投が決まった。

☆かわふち・さぶろう=1936年12月3日生まれ。大阪府出身。早大在学中の58年に日本代表入りし「槍の川淵」と呼ばれ、64年東京五輪でベスト8進出に貢献した。80年には日本代表監督に就任。91年にJリーグ初代チェアマン、2002年に日本サッカー協会の会長(キャプテン)を務め、現在は相談役。日本トップリーグ連携機構会長、日本バスケットボール協会エグゼクティブアドバイザー、東京五輪組織委員会評議員会議長などを務める。