爆弾投下だ。「五輪に出られなくなるわよ」。体操女子でリオデジャネイロ五輪代表の宮川紗江(18)が29日、都内で会見を開き、日本体操協会の塚原千恵子・女子強化本部長(71)からパワハラを受けていたと逆告発した。宮川を指導してきた速見佑斗コーチ(34)は練習中の暴力を理由に無期限登録抹消の処分を受けたが、ここにも千恵子氏が絡んでいるという認識。その後、会見を行った協会サイドとは意見が真っ向から対立している。新たなパワハラ騒動の「深層」を探った。

 29日午後、速見コーチの処分が「厳し過ぎる」とする宮川と、処分を下した協会の会見が相次いで行われた。

 宮川は速見コーチから暴力を受けたことを認めたうえで「厳しさの中にも楽しさ、優しさがあった。今日も練習に行きたいと思わせてくれる指導だった」と説明。世界選手権(10~11月、カタール)出場を辞退することを表明し「速見コーチと東京五輪の金メダルを目指したい。速見コーチ以外は考えられない」と胸中を明かした。

 さらに一連の流れの中で、宮川と速見コーチを引き離そうとする「大きな力を感じた」として、千恵子氏を批判。7月の代表合宿中に千恵子氏と夫で協会の塚原光男副会長(70)に呼び出され、速見コーチの暴力を認めるよう再三促されたという。宮川が拒否し「家族とともに先生を信頼している」と食い下がると「家族もどうかしている。宗教みたいだ」と罵声を浴びせられたという。

 また、リオ五輪後に新設されたプロジェクト「2020東京五輪特別強化」に宮川が参加しなかったことで、千恵子氏から電話があり「五輪に出られなくなるわよ」と脅すような口調で参加を促されたことも告白した。

 これには、速見コーチを“排除”することで、有力選手である自身を千恵子氏が女子監督を務める「朝日生命体操クラブ」へ移籍させる意図を感じたという。

 同クラブは多くの日本代表選手を輩出してきた名門として知られるが、その裏には“別の顔”もあった。ある体操関係者は「自分たちが育てたのではなく、全国から引き抜いた選手が結果を残してきた」と指摘する。これまでも強引な手法による引き抜きにより「何人もの選手やコーチは泣かされてきた。それでも、誰も表立っては文句を言えなかったので、今回もうまくいくと思っていたのでしょう」(同関係者)。宮川の反旗により、千恵子氏にとっては想定外の展開になっているという。

 一方、宮川の会見後に行われた協会の会見は、千恵子氏のパワハラについては「宮川選手の会見の内容を把握していない」(山本宜史専務理事)として、ほぼノーコメント。あくまで速見コーチの処分に関する会見というスタンスを貫いた。

 冒頭で同専務理事は処分に至った経緯を説明。そのなかで「2013年9月の国際ジュニア合宿で顔を叩いた」など、協会が事実認定した暴力行為を次々に挙げた。

 宮川も速見コーチの暴力は認めているものの、両者の説明には食い違いもみられる。宮川は暴力によって「ケガをしたことはない」と説明したのに対し、協会は「2016年1月の国際試合で顔を叩き、はれた」。宮川は暴力を受けたのは「1年以上前」としたが、協会は今年に入って2件の大声で怒鳴る行為、昨年8、9月には髪を引っ張る、押し倒すなどの行為があったとしている。

 速見コーチの暴力については第三者からの情報提供を基に調査を開始し、被害者である宮川への聞き取りを「必ずしも必要とは考えていない」とした一方、千恵子氏のパワハラの調査については及び腰。会見という形ではあるが、被害者本人が被害を告白したにもかかわらず「宮川選手から書面、または面談で正式に訴えがあれば、調査する」と対応に大きな違いを見せた。

 体操界の異常事態にソウル&バルセロナ五輪メダリストの池谷幸雄氏(47)は本紙の取材に「世界選手権をケガでもないのに辞退するというのはあり得ないこと。代表の座を勝ち取るためにどれだけ努力してきたかが分かるだけに、今からでも出場できる環境が整うことを願っています」とコメント。暴力はあってはならないという前提のうえで「ケガどころか、命に関わる競技なので、指導するほうも真剣だし、それが行き過ぎてしまったのだと思う。選手との関係やタイミングを考えれば、口頭での注意でも良かったのではないか」と、速見コーチの処分についても独自の見解を語った。

 東京五輪に向けても、宮川はコーチ不在で十分な練習ができない状況。アスリートファーストを実現するためにも、一刻も早い問題解決が求められる。

【騒動の経緯】日本体操協会は15日、宮川を指導してきた速見コーチに頭を叩くなどの暴力行為があったとし、同日付で無期限の登録抹消などの処分を科したと発表した。

 ところが21日に、パワハラ行為を受けたはずの宮川が代理人弁護士を通じて「パワハラされたと感じていません」とした文書を公表。速見コーチを処分した協会の対応に疑義を表明したうえに、引き続き同コーチの指導を受けることを希望した。さらに「第三者による何らかの意図が働いていたと推認せざるを得ません」と協会との確執を示唆するような一文もあり、事態は複雑になった。

 また、速見コーチは東京地裁に指導者の地位保全を求める仮処分の申し立てを行っている。

【プロフィル】つかはら・みつお 1947年12月22日生まれ。東京都出身。元体操選手でメキシコ五輪から3大会連続金メダルを獲得。鉄棒では月面宙返り(ムーンサルト)を開発した。引退後はコーチとなり、現在も様々な団体で後進を指導する。体操協会の副会長。

 つかはら・ちえこ 1947年8月12日生まれ。長崎県出身。元体操選手でメキシコ五輪に出場した。72年に光男氏と結婚し、指導者としても活動する。アテネ五輪団体金メダルの直也氏は長男。朝日生命体操クラブ女子チーム監督。協会の女子強化本部長を務める。