【東スポ創刊55年】猪木「プロレス報道に力を入れてくれた東スポは同期のようなもの」

2015年04月04日 17時00分

 東京スポーツは4月1日に創刊55年を迎えた。東スポの歴史といえば、やはりこの人を抜きに語ることはできないだろう。燃える闘魂・アントニオ猪木参院議員(72)だ。節目の日を迎えた東スポへの思いとともに、印象に残る紙面を挙げてもらった。

<アントニオ猪木参院議員(72)>元気ですか! 東京スポーツ創刊55周年おめでとうございます。

 東スポが創刊された1960年はオレがデビューした年。東スポは55年間、ともに歩んできた同期のようなものだよね。ずっとプロレス報道に力を入れてくれた。

 アリ戦もあるし、ルスカ、ホーガン、チョチョシビリもある。それからタイガー・ジェット・シンの伊勢丹襲撃事件。あれは東スポが抜いたんだよね。プロレスの社会現象はいくつかあるけど、あれも社会現象的なものだった。東スポはジェット・シン側についていたんだよね。彼らが買い物に行くので取材も兼ねて新宿にいた。だから写真も撮っていたんだよ。あれは売れたんじゃないか。ムッフフ。

 イラクの人質解放の時はバグダッドまで取材に来てくれた。当時、日本は平和国家でこういう事件は人ごとみたいにしか考えていなかった。政府、国連ですら身動きが取れないのが現実で「もしかしたら…」という状況の中でプロレスのイベントをやったんですね。極限状態に置かれた時、人間の本質が見える。(人質にされた夫婦が)手を握り合って廊下を歩いている姿を見た時、人間の心を感じましたよ。

 どうしたら大衆に思いを届けられるかという工夫を政治家はしなければいけない。ほとんどの政治家は選挙に出ることだけを考えている。オレの場合は自分がやれることをしっかり見つめてね。ヘタしたらパフォーマンスだけと誤解される。石を投げたら世界が注目するいろんなことを仕掛けていかないと。それが役割と思っていますから。

 東スポはネット配信も結構進んでいると聞いています。夢のない時代で若い人たちが夢を求めている。東スポらしさは何か? 意表を突く。ハミ出す。オレだってハミ出し者だよ。猪木だから許される。東スポだから許されるというのがある。詩(「猪木詩集」)にも書いてある通りね。時代とともに東スポらしさというのが変わっていくのは分かるけど、でも「一番の原点に何が(ある)」というのをしっかり押さえておかないと。「らしさ」をなくしたらみんなおかしくなる。

 最近はあまり見ないけど、UFOとかネス湖も東スポらしいよね。実はオレもブラジルで1回UFOが飛ぶのを見たことがある。一瞬ですよ。畑で白いのがシューとね。知り合いに宇宙人に連れられて何か体に埋め込まれた人もいるし、今度取材してくださいよ。