【麻美ゆま連載9】小学校でのアダ名は「妖怪」そのワケは…

2014年12月01日 12時00分

【麻美ゆま「HAPPY&SMILE」:連載9】今日からは私の生い立ちを話したいと思います。生まれたのは群馬県高崎市で父、母、姉、兄、そして私の5人家族でした。実家はフィリピンパブを経営していて、2階建ての一軒家の1階がパブになっていました。“日本初のフィリピンパブ”としてメディアに取り上げられたこともあるみたいなんですよ。

 パブは私が生まれる前からあって、1店舗目が「ドリーム」。住んでいた家でやっていたのが2店舗目の「ニュードリーム」。ほかに「ジョイ」「マカティー」と高崎市内に4店舗もあったんです。

 よく開店前に行ってお店のカラオケで歌ってました。このころから歌うのが好きだったんです。globeや安室奈美恵さん、SPEEDとか。お店のお客さんが歌っているのも覚えて、都はるみさんの「好きになった人」、「桃色吐息」、「ギザギザハートの子守唄」なんかも。十八番は「ガラガラヘビがやってくる」で、これはお兄ちゃんもよく歌ってました。

 歌うのが好きだから、将来は歌手になりたいなあと思っていました。そこに行き着くまでにはいろいろありましたよ。最初は好きだったバナナになりたくて、次はうさぎ。やっぱなれないなということで、看護師さんやお花屋さんにもあこがれたこともあって。ようやく人間になれたんですね(笑い)。

 でも習い事をいっぱい始めるようになったこともあって、歌う時間が少なくなっていったんですよ。好奇心が旺盛で、みんながやっていると私もやりたいってなっちゃう。ピアノ、英会話、習字に公文、ポートボールとか。そろばん教室には通っていないのに、そろばんと教材を買ってもらって1人で家でやったりもしてました。月曜から金曜まで習い事の予定が入っていましたね。

 小学5年生のときにはミュージカルに出演しました。新聞に応募の案内があって、オーディションなんて受けたことなかったし、ミュージカルにもあこがれていたので、自分でハガキを書いて送りました。「くまごんの森」というミュージカルです。役は子供A、B、Cと木の精、水の精があって、私は木の精をやらせてもらいました。

 内容は人間がスキー場などを造るのに森林を伐採していくから、食べ物がなくなってしまうという環境問題がテーマでした。ダンスレッスンが楽しくて、いつかこういう舞台に立ってみたいなあと思うようになったんですね。

 そのころには、アクターズスクールとか、「ASAYAN」で有名なモーニング娘。に入りたいと考えたこともあります。モー娘は何度オーディションに応募しようと思ったことか。でも、当時の私は“妖怪”ってあだ名がついていたんですよ(笑い)。かわいこぶるのが苦手で、つい変顔しちゃうんです。あまりにも変顔がひどいから、妖怪って。卒業文集には歌手になりたいって書きたかったけど、恥ずかしいからお花屋さんって書いてました。

 やりたいと思う気持ちがあっても、当時は一歩踏み出せないでいましたね。