【前園連載16】ハーフタイムの「内紛」で険悪ムードに

2014年05月06日 12時00分

ハーフタイムにあの「事件」が起きた(左は前園、右は中田英)
前園真聖「流浪の天才ドリブラー」(16)

 1996年アトランタ五輪1次リーグ初戦でブラジルに1—0と勝利した。大金星にイレブンは歓喜していたけど、私は「まだなにも勝ち取っていない」と意外に冷静だったね。迎えた2戦目の相手ナイジェリアはヌワンコ・カヌやオーガスティン・オコチャら、欧州で活躍する選手を擁し「スーパーイーグルス」と呼ばれるアフリカ最強のスター軍団だった。

 下馬評では圧倒的に不利だったけど、ブラジルに勝利したことで日本には勢いがあった。前半は主導権を握り、試合を優位に進めた。何度もチャンスをつくり出し手応えも感じていた。そのハーフタイムにあの「事件」が起きたんだ。

 ヒデこと中田英寿が「勝てる。攻撃に出よう」と主張すると、西野朗監督は「個人ではなく、チームのことも考えろ!」と語気を強め、これまで通り守備重視を指示した。そこに城彰二がヒデに加勢し、険悪なムードで議論が進むと、緊迫感が漂い始め、最悪の雰囲気になった。当時メディアでも報じられた内紛劇だ。私に言わせれば単なる意見の食い違いだよね。それにいま考えると西野監督の指示は的確だったと思う。ナイジェリア相手に攻撃に比重をかければ失点のリスクは高くなる。1次リーグ突破のためには守備重視がセオリーだろう。

 でも当時は私もヒデと同意見だった。前半から好機をつくり出し、十分に「勝てる」と思っていた。それでも監督の意向で、後半も守備優先を確認したものの、ハーフタイムの「内紛劇」が原因してか、0—2で敗れてしまった。この時点で1勝1敗。決勝トーナメントに進出するには最終ハンガリー戦に勝利するしかない。しかも得失点差が絡む微妙な勝負となった。

 運命の第3戦。日本は序盤から攻め込むもリードを許し、終了間際に私のゴールで同点。さらにロスタイムに決勝弾で勝利を手中にした。この時点でベンチを見ると、西野監督は人さし指を立てて左右に振った。必死に走ってゴールを奪い、勝ち越して…。その姿を見たときに「まだ足りないのか」とがくぜんとしたのはいまでも鮮明に覚えている。3—2で勝利も先に進めなかった。

 1次リーグで2勝して先に進めないのは異例のこと。同組で決勝Tに進んだブラジルは銅、ナイジェリアが金メダルだった。アトランタ五輪について、後に西野監督と対談する機会があり「世間で『マイアミの奇跡』と言われたブラジル戦よりも、オレはハンガリー戦の方があの大会を象徴していたと思う」と言われた。そこで2勝目を挙げながら決勝Tに進めなかった悔しさを思い出し、その言葉にうなずいたものだ。

 五輪敗退が決まった瞬間、使命を果たせなかった悔しさ、すべてが終わった安堵感、そして五輪代表メンバーと戦えなくなる寂しさを感じていた。ただ世界の大きな壁を体感したこと、欧州で活躍する同世代の選手との自分を比較ができたのは収穫だった。すぐに「彼らと同じステージで戦いたい」と願うようになった。