【前園連載14】五輪出場決定!帰国すると驚きの大フィーバーに

2014年05月04日 12時00分

28年ぶりに五輪出場権を獲得。大きな使命を果たし感激に打ち震えた
前園真聖「流浪の天才ドリブラー」(14)

 1996年3月、アトランタ五輪アジア最終予選・準決勝サウジアラビア戦は「運命の一戦」だった。ベスト4に駒を進めたものの、上位3か国に入れなければ出場権を獲得できない。日本はサウジに敗れた場合、イラク—韓国の敗者と3位決定戦を戦うことになる。もちろん、どちらもアジアの実力国。勝てる保証はない。

 もう準決勝に全力を注ぐしかない。チーム一丸となって対策も確認し、試合に臨んだ。幸い私は絶好調だった。前半4分に先制弾を決め、後半にもドリブルから得点を決め2ゴールを挙げた。ただし試合は圧倒的にサウジに攻め込まれ、防戦一方。後半32分には日本のCKでキッカーを務め、蹴る直前に足を滑らせて大コケした。試合後チームメートにも「あそこで転ぶか」と笑われたが、実はこれも演技だったんだ。時間を稼ぐためで、自分でも「うまくコケた」と思ったね。

 その後もサウジの猛攻に耐え抜き2—1の勝利。ついに五輪切符をつかんだ。全身に震えが走り、感動と感激で頭も真っ白になった。あんな感覚は初めてだったね。みんな泣いていたけど、私は必死で我慢した。実は試合前に、勝ったらテレビインタビューがあると聞かされていたので「泣いたらあかん」と必死に耐えたんだ。ただロッカーに戻ると、みんなが泣いている姿を見てもらい泣きしてしまった。まあ、とにかく使命を果たしてホッとしたよ。

 ヒデこと中田英寿からは「2点はすごい。明日から大スターだね」とニヤニヤしながら声を掛けられたけど、実感はなかったね。続く決勝は韓国に1—2と敗れたけど、28年ぶりの五輪出場権は本当にうれしかった。

 そんな激動の大会を終えて帰国すると「どうなってんの?」と驚くばかりの大フィーバーが待ち受けていた。見たこともないほど多くのメディアとサポーターが空港に出迎えてくれた。どこに行っても「キャーキャー」という声が飛び交っていた。ある意味ではプロになった時に夢見ていた光景であり、達成した目的の大きさを実感した。

 ただ四六時中、誰かに見られているのは正直しんどかった。近所のコンビニに出かけると、購入するものまでチェックされるようになり、どんどんつらくなった。しかも急に知り合いが増えるんだよ。テレビの中で自分のことを語っていたり、一度しか行っていないレストランの常連にされたり、訪れたことない場所に自分が出現したとかいう情報が流れたり…。絶対にニセ者がいると思ったね。全く身に覚えのない報道も多かった。

 しかもなぜかその多くは「前園は遊び歩いてばかりいる。調子に乗っている」という締めで終わるんだ。外を出歩くのが怖くなり、家に閉じこもるようになった。それでアトランタ五輪の本大会に向け、周囲の雑音をシャットアウトするため報道には目を通さないと決めたんだ。この騒動が結果として自分の気を引き締め、サッカーに集中するキッカケになった。