【前園連載6】超名門・清水商に「チンチン」にされ衝撃受けた

2014年04月26日 12時00分

3年連続で選手権に出場したが全国制覇はできなかった
前園真聖「流浪の天才ドリブラー」(6)

 鹿児島実業高(鹿児島)で猛練習やシゴキに耐え、1年生の冬にはレギュラーの座をつかんだ。全国高校サッカー選手権にも出場し、ベスト8を果たした。幼少期から技術を磨いたドリブルが全国の舞台で通用したのはうれしかったし、大きな自信となった。

 鹿実の同期には、FC東京でプレーしたDF藤山竜仁(現FC東京コーチ)に加え「遠藤三兄弟」の長男拓哉がいた。桜島の出身で、拓哉はプロにならなかったけど、2学年下には横浜Mなどで活躍した次男のMF遠藤彰弘、三男は現在G大阪にいる日本代表MF遠藤保仁。遠藤家からはよく差し入れを頂いた。その時には、小学生だった保仁も同行し、練習や試合を見ていたそうだ。

 保仁とは鹿実時代も横浜フリューゲルス時代も一緒にプレーする機会はなかったが、拓哉は「三男が一番うまい」と言っていたし、そういう評判は高校時代から耳に入っていた。現在の活躍も当然というところかな。後に保仁からは「高校時代は憧れていた」みたいなことを言われたのは、うれしかったね。

 鹿実では1年生からレギュラーで試合に出場するなど、順調にステップアップしたけど、2年生で臨んだ高校総体(インターハイ)で大きな衝撃を受けた。高校サッカー界では超名門・清水商(静岡)だ。MF名波浩さんを始め、DF大岩剛さん、FW山田隆裕さんら、後の日本代表で活躍した面々がズラリと顔を揃えるスター軍団。なかでも名波さんは圧倒的な存在感と技術力でチームをけん引していた。

 もちろん試合では清水商が華麗なパスサッカーで鹿実を圧倒。それこそ「チンチン」にされた。パスにトラップ、シュートなどすべての面でレベルが違った。私も必死でボールを追いかけるばかりで、なにもできなかった。もう「すごい」としか言葉が出なかったし、今まで取り組んできたサッカーとは別次元だった。鹿実の戦いにはそこそこ自信もあったが「こんなにも違うのか…」と完全に打ちのめされた。

 清水商サッカーは、なにか都会的とでも言うのか、洗練されていてかっこいいし、オシャレなイメージだったね。当時の鹿実はパスもつなぐけど、走ることがベースでフィジカル勝負だったので、かなり田舎くさい感じだった。ショックだったし、少し恥ずかしいような感覚。しばらくはコンプレックスを感じていたものだ。

 ほかにも高校生で唯一ユース代表(現U—20代表)に選出されていた武南高(埼玉)の元日本代表MF上野良治(引退)のプレーはインパクトがあったね。それに帝京高(東京)との対戦ではやはりクリエーティブなサッカーを見せられ「全国は広い」と感じた。自分の中でも大きくサッカー観が変わった時期だった。