【前園連載5】無駄ではなかった「伝統のシゴキ」

2014年04月25日 12時00分

鹿実時代の前園は「伝統のシゴキ」でレベルアップした
前園真聖「流浪の天才ドリブラー」(5)

 名門鹿児島実業(鹿児島)に進学した私は、ハードな練習を積み夏ごろには一軍に抜てきされ、全国高校サッカー選手権の県予選では1年生ながらレギュラーに選ばれた。このころになると、100人ほどいた同期の選手はもう20人しか残っていなかった。

 鹿実の練習は本当に厳しかった。朝から晩まで続く日々のトレーニングの中でも、つらかったのは「伝統のシゴキ」。冬場になると、早朝練習の時に、相撲部の土俵に集合し、筋力トレーニングを行うのが慣例だった。バーベルなど各種器具を使うシンプルな練習なのだが、真冬なのに全員が上半身裸でやらなければならなかった。

 もう本当に凍えそうなほどの極寒の中、黙々とバーベルを挙げた。鉄製の器具は冷たく、走るわけではないので、なかなか体温も上がらない。練習も単調だし、ただしんどいだけ。なぜ土俵でやるのか。なぜ裸なのか。先輩たちに聞いても「これが鹿実の伝統なんだ」と言うだけだった。恐らく、どんな状況でも耐え抜く“根性”を鍛える意味があったのだろう。ただ当時はまったく理解できなかったね。

 もうひとつの「伝統のシゴキ」は恒例のダッシュ地獄。たしか1本を17秒以内で、計50本を走るというもの。タイムをクリアできないと1本にカウントされずにやり直しとなるため、ほとんどの場合、100本近くダッシュを行うことになる。休憩なしで黙々と走り続けるのは、本当につらかった。練習が終わった後は、選手全員がその場に倒れ込むほど、体力を使い果たした。

 また夏休み期間ともなると、松沢隆司監督(現総監督)が運転するマイクロバスで北上しながら全国行脚した。各県の強豪と対戦するんだけど、これも地獄だった。多い時は午前に1試合、午後2試合も対戦する。3試合目になると疲労で足も動かないし、いいプレーができない。すると、すぐに罰走。もうなにも考えられなくなり「どうにでもなれ!」っていう感じだったな…。

 夏休みの遠征では、練習時間以外は学生の本分である宿題をこなさなければならず、心休まる時間もなかった。あまりの過酷さに、遠征中に逃げ出す選手もいたね。朝起きると、こつぜんと姿を消していて「あ、逃げたな」と…。正直その気持ちも理解できるほど夏の遠征はしんどかった。

 しかも、いまでは考えられないけど、夏でも練習中は水を飲むのは禁止されていた時代で、鹿実では塩が配られていたんだ。「ここは炭鉱じゃないんだぞ」と冗談を言い合っていた。そこでトイレに行くと、わざと練習着をビショビショに濡らし、こっそりと「チューチュー」吸っていた。そういう悪知恵は身についたね。

 いまにして思えば、プロでどんなつらい練習をしても「鹿実に比べれば…」と思えるのだから、決して無駄ではなかったのかもしれない。