【長谷川豊アナ連載3】アナウンス技術に難があった内田恭子ちゃん

2013年09月27日 08時00分

長谷川と同期入社だった内田

長谷川豊アナ連載「すべてお話ししますがなにか?」

【元フジテレビアナ・長谷川豊「すべてお話ししますがなにか?」(連載3)】

 

 3000倍と超難関のフジテレビアナウンサー試験で、合格した要因は何だと思いますか? ひと言でいえば「縁と運」。僕が受験した1998年は「男性はスポーツ実況アナ志望」を採ると決めていたそうです。フジは毎年、男性アナの採用方針を決めます。「今年は報道ができるアナ志望者」とか。

 僕は試験で「競馬の実況をやりたい」と話しました。偶然、局側の意向にピタッとハマったんです。仮に「報道志望です」と言っていたら落ちたでしょうね。

 内定を勝ち取った内田恭子(37)、大橋マキ(36)とともに局から言われました。「バブルがはじけ、日本は停滞して暗い。就職超氷河期の中、キミたちは入社する。3人とも採用試験でポジティブで前向き、常に明るかった。キミたちのパワーに期待したい」

 立命館大出身の僕は、同大最初の男性キー局アナとなりました。

 恭子ちゃんとの出会いは、入社前の採用試験中でした。当時、僕は京都に住みながら東京・恵比寿にある東京アナウンスアカデミーへ毎週、夜行バス通い。フジの最終試験に残ったある日、関係者から声がかかります。「会わせたい子がいる」。そのひと言で対面したのが、恭子ちゃんでした。彼女も東京アナウンスアカデミーに通っていて、僕とは別のクラスに入っていたんです。

「えっらい奇麗だな。顔は小さい。スタイルも抜群」。それが第一印象でした。

 その後、2人とも入社試験に無事合格。フジから内々定の連絡をもらった直後、恭子ちゃんから電話がありました。「どうだった?」「受かったよ!」「私も! あと1人はマキみたいだよ」。同期3人が誕生した瞬間でした。