今こそ回顧 ロマンがあった「自販機本」の世界

2020年05月05日 14時00分

芸能人ゴミあさりシリーズ」を掲載していた「Jam」

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、全国に緊急事態宣言が発令され、多くの人はせっかくのゴールデンウイークも家で過ごすハメになっているだろう。そんなわけで、暇つぶしと回顧ついでに“自販機エロ本”を振り返りたい。観賞するエロといえば、AVとエロ動画がとことん進化し、確実に抜けるこのご時世。だが、昭和のあの自動販売機エロ本には、当たりはずれと背徳感によるドキドキ感が、そしてロマンがあった。そんな自販機エロ本の世界とは…。

 銭湯の帰り、人目がないのを確かめドキドキしながら、自販機でエロ本を買った経験のある人も今や50代以上の“お父さん”であろう。

 エロ本の自販機が街角に立ち始めたのは1970年代末のこと。そのルーツはおつまみの自動販売機。これに漫画雑誌などを入れて設置したところ、エロ雑誌の売り上げが断トツだったことで、やがて自販機雑誌=エロ本という図式が出来上がり、自販機本専門のエロ本出版社も登場することになる。

 その第1号がアリス出版で、これにエルシー企画、土曜漫画などが加わり、最盛期には30社近くの自販機本出版社がひしめくのである。この流れは60年代の貸本漫画の台頭に似ているかもしれない。大手の漫画本だけでは需要に供給が間に合わず、そこで現れたのが弱小出版社による貸本専用漫画だった。

 貸本漫画は、手塚治虫さんに代表されるメジャーな漫画に比べ、総じて絵柄も内容も泥くさかったが、ここから劇画という新しい漫画のスタイルが生まれたことは特筆に値するだろう。そして、自販機本も貸本漫画も、書店という通常の最終販路を通らない、いわばアングラ出版という共通点もあった。

 10代のころから自動販売機用成人雑誌かいわいに出入りしていた文筆人の但馬オサム氏はこう語る。「自販機という性質上、読者は中身を見ることができず、表紙だけを頼りに300円を投じることになります。この、ある種のバクチ性もまた自販機本のヒットの要因でしょう。自販機本を一度でも買ったことのある人なら分かると思いますが、表紙と裏表紙、どちらにもタイトルがついていて、一見両方、正式の表紙のように見えます」

 片方はそのものずばりの過激な内容で、一方の裏の表紙は着衣のモデルがニッコリと笑っているようなソフトな仕上がりになっていた。

「これはどういうことかといえば、繁華街の自販機には過激な表紙を立てて入れ、住宅街や通学路に置いた自販機にはソフトな面を表紙として入れるのです。自販機本読者の中には、慌てて同じ雑誌を2冊買った人もいるに違いないでしょう」と但馬氏。

 言い換えるなら、表紙とせいぜいグラビアページだけエロ本の体裁を保っていれば、あとは編集者の趣味で好きなことをやれたということだ。

 但馬氏は「実際、中を開くとエロとはまったく関係のないオカルトやマリフアナ関係のアブない記事が満載だったりもしました。当時の国民的スター・山口百恵の家のゴミ箱をあさり、その中身を誌上公開して社会問題にもなった『Jam』という雑誌もありました。それら、“エロ本もどき”を買わされた、いたいけな元少年たちに当時の感想を聞きたいものですね」と話す。

 自販機本と少し遅れてやってきたのがビニ本ことビニール本のブーム。ビニールに包まれて売っていたからその名がある。こちらも買うまで中身を見ることができないことが、読者の好奇心を刺激した。

 内容は写真中心で、自販機本よりもストレートにエロで過激。とはいえ、最初期はパンティー越しに毛が見える程度の露出だったが、当時はこれさえ革命的なことだった。ブーム最盛期には、ビニ本の聖地である東京・神田の芳賀書店が、はとバスの夜のコースに組み込まれるという信じられない話も残っている。武田鉄矢や谷村新司のようにビニ本コレクターを公言する芸能人もいた。

 自販機本、ビニール本、それは昭和の独身者の夜の友であり、アングラ文化に咲く時代のあだ花だったのだ。