党名を「自由党」に変更した小沢氏が山本氏の分家に賛成した背景

2016年10月14日 09時00分

存在感が逆転している小沢氏(左)と山本氏

 かつて“剛腕”として権勢を振るった「生活の党と山本太郎となかまたち」の共同代表・小沢一郎衆院議員(74)と、山本太郎参院議員(41)の存在感が逆転している。

 小沢氏は12日、山本氏と会見を開き党名を「自由党」に変更することを正式に発表した。変更の理由は、安倍晋三首相(62)が年末年始にも解散・総選挙を決断するとの見方が強まったことを受けて、山本氏と話し合い「党の体制を一新して総選挙に臨む」との結論に達したためだという。

 小沢氏は1998年に旧自由党を結成し、代表に就任。東京都の小池百合子知事(64)や自民党の二階俊博幹事長(77)が所属し、自民、公明両党との連立政権にも参加した。

「自由党という名前でどうだろう、と党員サポーターや支持者にうかがったところ、86%が賛成した。(当時の)自由党のときは政治理念がハッキリして、多いときは(選挙で)600万票いただいた」(小沢氏)

 一方、山本氏は小沢氏との会談で「山本太郎となかまたち」を別の政治団体名として分離させたいと強く主張。衆院選があった場合は、比例代表で出馬する候補者の擁立を目指したいと訴えたという。

 小沢氏は「(山本氏は)自由党に在籍させたまま、衆院選で山本太郎ファンを獲得してもらいたい。また、自由党としても候補者を出す予定。私は最後まで野党統一体として(衆院選を)戦いたい」と説明した。

 小沢氏が、山本氏の“分家プラン”を許可した舞台裏について、永田町関係者は「山本氏の離党を引き留めたかったのだろう」とみている。

「山本氏は今夏の参院選後、小沢氏の下でいつまでも政治活動をしていいものか悩んだ。山本氏は選挙で応戦した候補者が25万票を獲得し、自信が持てた。小沢氏は山本氏に離党されるのを嫌い“分家プラン”に賛成した可能性が高い」(同)

 有権者が次期衆院選で小沢氏の新「自由党」をどれだけ支持するか。