土井たか子氏 墓場まで持ち込んだ?北朝鮮の秘密

2014年09月30日 07時10分

党の顔だった土井氏(1989年7月の参院選)

 何を知っていたのか――。女性初の衆院議長で日本社会党と社民党で党首を務めた土井たか子氏の死去によって、北朝鮮の不都合な真実が封印された可能性があるという。土井氏は肺炎のため20日に兵庫県内の病院で死去。85歳だった。社会党党首として「おたかさんブーム」を巻き起こすなど一時代を築いた一方で、北朝鮮との親密な関係が批判されたこともあった。政府関係者は「拉致について何か知っていたと思われますが、もう聞くこともできません」と話した。

 永田町関係者は「集団的自衛権の問題や中国との独自外交ルートで存在感のある村山富市氏に比べて、土井氏は目立った活動をしていませんでいた。病気をしていたと聞いていましたが、最近は政界への影響力はほとんどなかったと言えるでしょう」と振り返る。

 一時代を築いた人物だった。愛弟子ともいえる福島瑞穂・前社民党党首(58)はツイッターを通じて「護憲を貫き、女性政治家として、政治家として、戦後政治を牽引してきた人生でした。わたしは、1998年立候補を説得され、憲法を守るために立候補を決意しました。政治の母親が亡くなったようで、本当にショックです」と憔悴感も漂わせる追悼コメントを出した。さらに「わたしは、土井チルドレン。政治の母の遺志をついでいきます」と気丈につづった。

 土井氏は1990年前後に「おたかさんブーム」で政界を席巻。86年に社会党委員長に就任し、89年の参院選で女性候補を多く擁立した「マドンナ旋風」により、自民党を過半数割れに追い込んだ。このとき発した「山が動いた」の名文句は歴史に残るものに。

 93年には女性として初めて衆院議長に上り詰めた。しかし、2000年代になって急激に人気を落とすことになる。02年と04年に小泉純一郎元首相(72)が北朝鮮を訪問。北朝鮮は拉致の事実を認め謝罪し、蓮池薫さん(57)ら拉致被害者が帰国した。別の永田町関係者によると「土井氏は北朝鮮による拉致を否定する趣旨の発言をしたり、北朝鮮はすばらしい国だと主張したりしていたこともあり、『全然違うじゃないか』と批判されました」。

 批判がやむことはなく、03年の衆院選で土井氏は小選挙区で落選、比例復活に追い込まれ、党首を辞任した。05年の衆院選では比例代表で出馬し落選。06年に社民党名誉党首となり、国政から退いた。結果的には北朝鮮寄りの姿勢があだとなったわけだが、どうして北朝鮮に近かったのか。

 世界各国から贈られた金ファミリーへのプレゼントが飾られている北朝鮮の「国際親善展覧館」には、土井氏が贈ったつぼが展示されている。それだけに親密な関係が疑われていた。

 政府関係者は「土井氏は拉致問題や北朝鮮の不都合な話について、何らかの情報を知っていたと思われます。これまで土井氏はこれらについて一言も話しませんでした。そして、文字通り墓場まで持っていってしまいました」と明かす。

 別の政府関係者も「社会主義国の北朝鮮にとって社会党はつながりやすかった。だからこそ土井氏が何かを知っているはずという話になるわけです。もっとも何を知っているかという具体的なことは分かりません。だからこそ土井氏に話を聞きたかったんです」と無念さをにじませた。