22日に閉会した通常国会では法案成立率が97・5%と近年まれにみる高水準となった。自民党の一強多弱である以上、何の波乱もなく審議が進んでいくというわけだ。そんな無風の国会で来年、提出されそうなのが「残業代ゼロ法案」。一部の高年収の人たちの話と思っていたら大間違いだ。



 政府は今月、働く時間を自分で決められる代わりに残業代の支払いがない「ホワイトカラー・エグゼンプション」の対象者を、「年収1000万円以上」とする方針を決めた。この内容を含んだ労働基準法改正案を来年の通常国会に提出するという。


 改正案では1日8時間(週40時間)と決められている労働時間の制限をなくす。さらに労働時間の長短にかかわらず賃金を払う。つまり残業に相当する超過労働への給与をなくす。残業代ゼロ法案といわれる理由である。


 メリットとして強調されているのは、成果を挙げれば早く退社でき、自分の時間や家族との時間が増えること。舛添要一東京都知事(65)は厚労相時代に「家庭だんらん法」に言い換えるよう指示していたことがあった。デメリットはサービス残業が増え、結果として賃金低下の懸念があることなど。


 対象の職種は「職務の範囲が明確で、高い職業能力を持つ人」と曖昧なまま。年収1000万円以上という条件と合わせれば、少なくとも一般的なサラリーマンは外れると考えていいだろう。


 ところが、だ。


「そんなことはありません。とても身近な問題です」と指摘するのは民主党関係者。


「残業代ゼロ法案が話題になるのは2006年の第1次安倍内閣のとき以来。もとは経団連による提言から始まったのですが、これがとてもひどい内容だった。提言では年収400万円以上が対象者になっているのです」


 国税庁の調査によると、2012年のサラリーマン平均年収は408万円。経団連基準なら、かなりの人が当てはまることになる。「経団連の言うことを聞くのが自民党ですから。最終的な目標は年収400万円以上への引き下げですよ」(前出関係者)


 また、対象の職種も際限なく広がりそうだ。労働行政に詳しい永田町関係者は「かつて労働者派遣法が改正されたとき、当初は『この業種のみ派遣を認める』と限定的なものでした。しかし、規制緩和の結果、派遣可能な業種は拡大してきました。いったん法律が通ってしまえば、なし崩しにするのは簡単なんです」と話す。


 例外は公務員だ。残業代ゼロ法案について、民主党議員が国会で「素晴らしい制度というなら公務員にも導入したらいい」と政府に提案したところ、居合わせた厚労省官僚らが一斉に「とんでもない!」と手を振ったという。


 ある議員秘書は「国家公務員は労働基準法が適用されておらず、すでに長時間労働になっています」と言う。ただし、残業代は出るというから、ゼロにされそうなサラリーマンよりマシだ。
「残業代ゼロ法案は経営者にとって“働かせやすい環境”を作るもので、、労働者の“働きやすい環境”のためのものではない。経営者側の経団連が提言したことですから当然です」(同)


 日本の企業風土を考えれば、仕事が終わったからといって退社できるとは限らず、家庭だんらんどころか今以上に仕事が増えて、帰宅が遅くなる可能性が高い。「この法案が成立したらサービス残業ばかりになり過労死が増える」との指摘があるのも当たり前だ。目的は残業代を出さずに、より働かせることにある。


「法案さえ通れば、いずれ多くのサラリーマンに影響する内容に改正されるでしょう」(同)。採決すれば成立してしまう今の安倍政権ならどんな法案でも通る勢いだ。そうなればサラリーマンの怒りが爆発しかねないが、果たして――。