広島で逮捕「脱走23日」のサバイバル術

2018年05月02日 07時15分

 逃走23日…。愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場から受刑者の平尾龍磨容疑者(27)が脱走し逃走を続けていた事件で、広島県警は30日昼、JR広島駅近くの広島市南区西蟹屋3丁目の路上で指名手配中の平尾容疑者を発見し、逃走容疑で逮捕した。逮捕容疑は4月8日午後6時10分ごろ、同作業場から逃走した疑い。警察の網の目から逃れ続け、全国から注目されてきた“最強の逃走犯”はどうやって身を隠していたのか。

 4月8日の逃走から23日目。潜伏先とみられていた尾道市の向島ではなく、平尾容疑者が見つかったのは、“塀のない開放的矯正施設”の刑務所作業場から西へ約65キロ離れた広島市南区の市街地だった。

 30日午前11時25分ごろ、JR広島駅近くのネットカフェから「似た男がいる」と110番通報があった。広島県警の警察官数人が向かうと、平尾容疑者はサンダルを脱ぎ捨ててダッシュ。小学校の塀をジャンプで乗り越えようとしたところを、タックルで取り押さえられ、あえなく御用となった。

 警察の調べに本人と認め、「刑務所での人間関係が嫌になった」「逃げるのがしんどかった」と供述しているという。確保時は現金約2万円を所持していた。逃走時とは服装が変わっていたことや、顔の肌ツヤもよいことから、物を盗んで食いつないでいたとみられる。同日中に広島県警から愛媛県警に身柄が移送され、本格的な取り調べが始まった。国民が4月中ずっと注視し、行方を想像していた逃走経路が明らかになりそうだ。

 驚くべきは「泳いで海を渡った」という供述だ。向島から尾道までの海は最短で約200メートル。潮の流れが強く、容易に渡ることのできない“難所”だ。

 現地で取材を続ける元刑事の犯罪ジャーナリスト・小川泰平氏は「警察も泳いで渡るとは夢にも思わず、尾道側の港に捜査員がいなかったことからも、向島にいる大前提で捜索していたことが分かる。夜間の水温は12度と低い。着衣で泳ぐのは大変だし、陸に着いても濡れた服では体が冷え切ってしまう」と話す。

 だが、これを解決する方法があった。

「向島~尾道の渡船が終了する午後10時を過ぎて、午前0時前~1時半ごろに潮の流れが止まる。港にはクーラーボックスがたくさん放置されていて、これが海に浮く。服を入れたボックスに抱きついて泳げば、渡り切れるし、上陸後の寒さ対策にもなる」(小川氏)

 向島から海を渡った正確な日にちはまだ分からないが、小川氏は「人の混み合うゴールデンウイークを狙って動いたのではないか。島にいたら動けず、いずれ見つかる。逃走するには島の外に出なければいけない。そこで、一か八かの勝負に出たのだろう」と指摘する。

 警察には時間がほとんど残されていなかった。足取りをつかめない中、市民によって通報されたのは、平尾容疑者にとっては最後の最後で運が尽きた格好だ。

「ネットカフェでは知人に連絡を取ることもできる。連絡さえつけば、本格的に身を隠すことも可能になる。本当にギリギリのタイミングで捕まった」(同)

 協力者の存在は現段階では考えにくい。「もし協力者がいたら、広島の外まで連れていってもらっていたはず」(小川氏)。単独でここまでやってのけた平尾容疑者に対して、自衛隊のある幹部からも「隊員は盗みを働くことはないが、それでも平尾の行動力は認めざるを得ない」と“サバイバル能力”に目を見張る声が上がる。

 これだけ長期の逃走を許したのは、警察のモチベーションの低さにある。小川氏は「広島県警と愛媛県警の警察官を合わせると9000人は超える。なのに逃走当日の捜査員はわずか300人。愛媛県警は『塀のない刑務所ってなんじゃそりゃ。刑務所の責任だろ』と愚痴をこぼすだろうし、広島県警は『愛媛からの逃走犯をなんでうちが…』と思うはず」と言う。

 よそに責任をかぶせ合う警察の職務怠慢が平尾容疑者の逃走を“アシスト”してしまったのかもしれないが、最終的にはラッキーな逮捕。地域住民にはやっとゆっくり眠れる日が訪れた。